こんばんは。
以前から、名作として聞いていた映画「時計じかけのオレンジ(A CLOCKWORK ORANGE)」(スタンリー・キューブリック監督、1972年)が大森のキネカ大森で上映していると知って、観てきました。
今、スタンリー・キューブリック監督の作品を特集して、上映しているようですね。
館内は、映画のパンフが置いてあったり、映画関係の本が売ってあったり、映画好きの方なら通いたくなる映画館ではないかなと思いました。
さて、「時計じかけのオレンジ(A CLOCKWORK ORANGE)」は、一言、かなり衝撃的でした。そして、たしかに名作だなと思わざるを得ませんでした。
私は、バイオレンスシーンの多い映画は好まないのですが、本作品はまさにそれでした。
上映が始まって、最初のあたりは、気持ち悪い映画だなと思っていたのですが、だんだんとそれを上回る芸術性や問題提起があるように感じ、退屈せず最後まで観てしまいました。
おそらく、暴力的な表現や残虐なシーンがあるからこそ、その芸術性や社会性が際立ち、不快感を伴って胸に訴えてくるのかなと思いました。
特に、映画を通してずっと音楽が素晴らしいのですが、これはやはり映画館で観る特権だと思います。
家で小さな音で本作品を観ても、あまりズシーンとは来ないかもしれません。
それと、それぞれの家屋のインテリアや調度品、そして掛かっているアート作品も、印象的ですばらしく、これも映画館の大画面で観ればこそと思いました。
また、本作品を観て、私が大学の法学部で受けた「刑事政策」の講義を思い出しました。
つまり、そもそも刑罰とは何の目的のためにあるのかという議論に始まって、刑罰において科学が果たす役割、人間性を軽視した刑罰を受けた場合にどのような影響があるのかといった議論です。
本作品は、科学的な方法で犯罪者に犯罪の再発をさせないような実験?を行うのですが、それが元になって主人公は狂気に近づいていきます。
そして、本作品の後半のあたりから、今、丁度読みかけのドストエフスキー『地下室の手記』(安岡治子訳、光文社古典新訳文庫)と本作品が提起している問題点が自分には重なって思えました。すなわち、人間とはなにか、理性とは何か、という問題です。『地下室の手記』はまだ読みかけなので、結論めいたことを書けませんが、本作品はまさに「人間とはなにか」について社会や国家という観点も踏まえて問うものではないかと思われました。
最後に、映画館には、老若男女の観客がいらっしゃいましたが、皆さん、どのような思いでこの作品を観たのかなと疑問に思いました。おそらく、本作品は、好き嫌いや評価が二分する作品ではないのかなと思わざるをえない、そんな作品でした。もし私がもっと若い頃に本作品を観ても、気持ち悪いだけで理解不能のまま終わったような気もします。
本作品にはバイオレンスシーンが多いので、そのような作品を観るのに慣れっこでない方は、ちょっと心して観られるのがいいのかなと思いました。それと、付き合い始めた恋人が初めて観る映画とするには、リスキーな映画かもと思いました。それだけに衝撃的な作品でした。
取りとめのない文章になってしまいましたが、備忘的に書き綴ってみました。

