見えてるものが違うのではないか
そう思うと孤独になる


どこかでひねくれたのだろうか
どこかで間違えたのだろうか
どこかで勘違いしちゃったのだろうか

私がこの舞台で
どう生きるか


迷うな


泥臭くていい


常に誠実であれ


格好悪くていい



常に謙虚であれ



頼む。
頼むぞ自分。



なりたくない自分にはなるな。



Android携帯からの投稿
言葉の重みが伝わってきた
やはり背負ってきたものが違うと言うのはここまで大きいのか。

たった一言。
ただそれだけなのに。
時を感じた。

私もそうなれるだろうか。

一瞬の焦り。



Android携帯からの投稿
今年に入ってから私は転職をした。


二度寝が特技の私には何とも辛いことに
出社時間が1時間早くなった。



「いってらっしゃい」



初めての出社日、家を出て歩いている私に
知らないおばあちゃんがそう挨拶してくれた。


誰かと間違えちゃったかな、と思ったが
「おはようございます」と挨拶を返して、軽く会釈をした。


「いってらっしゃい」に「おはようございます」っていうのも
どうなんだ、自分。とつっこみつつ、
おばあちゃん誰と間違えちゃったかなーなんて思いながら出社した。





次の日も、その次の日も、
ほとんど毎日のようにそのおばあちゃんに会い、
その度におばあちゃんは

「いってらっしゃい」

と張りのある声で私に挨拶をしてくれた。
私はその度に「おはようございます」と返した。





ある日気付いたのだが、
そのおばあちゃんは道行く全ての人に
「いってらっしゃい」
と声をかけていた。


誰かと間違えて声をかけてくれていたんだと思っていたが、そうではなかった。


私に言ってくれてたんだ。


そう気付いたその次の日から
「いってらっしゃい」への私の答えは
「いってきまーす!」に変わった。





普段、知らない人に声をかけられることなどあまりない。
道を聞かれたり、キャッチの類のものくらいだろう。
ましてや、一人暮らしをしてから
「いってらっしゃい」と言ってもらえることなどほとんどない。

誰かと間違えていると思い込む程、
そんな生活に慣れてしまったんだなぁと実感した。





「いってきます」
そう挨拶するようになってから
おばあちゃんは、ひょいと右手をあげて
「いってらっしゃい」
と言ってくれるようになった。






そしてこの前、
初めて帰り際におばあちゃんに会った。






「おかえりなさい」






おばあちゃんと会うのは私の朝の楽しみの一つ。