最近めっちゃ忙しくて(言い訳)更新をサボりがちの当ブログですが、あまりにも嬉しいことがあったので久しぶりに投稿します。
嬉しすぎて時間軸が(タランティーノ映画のように)あっちこっち行ったり、僕の稚拙な作文では上手く伝えられないかも知れませんが暫しお付き合いください。映画に関するお話です。
僕が自分の意志(『東映まんがまつり』等以外)で映画(洋画)を観に連れて行ってもらったのは、1975年公開の『ジョーズ』でした。ずっと小学校一年生の頃と思っていたけど、この年は二年生になっていましたね。
『ジョーズ』の衝撃は今でも鮮明にトラウマとして残っていて、その後数年は海がキライになっていました。この件は何度も話しているので割愛します。
それ以降、色々な洋画(今考えれば父親の趣向で活劇ものばかり)を観に連れて行ってもらっていたし(とは言え当時は吹き替え版は皆無だったから、子どもでも分かる範囲の作品限定)、テレビの洋画劇場(ビデオすらなかった時代。休日前限定)で日々研鑽に励み、5年生の頃には作品を選んでドキドキしながら一人で映画館に通っていました。一番町は遠かったから駅前周辺で公開の作品ばかりでしたけど。
生まれついての収集癖(記憶の一番奥にあるのは王冠集め。生家が寺だったので法事の度に集めて回っていました)のある僕は、新作映画には“前売り券”というものがあることを知りました。デパートのプレイガイドのガラスケースに輪ゴムで束ねられた前売り券の山がどれほど輝いて見えたか...
シャイだった僕は勇気を振り絞ってケースの向こう側のおばちゃん(間違いなく今なら息子世代以下)に「〇〇の前売り券一枚ください...」と消え入るような声でお願いしました。
すると向こう側のおばちゃん(間違いなく今なら息子世代以下)は「子どもは映画館で買った方が安いよ」と非情な一言。確かに当時小学生料金は500円くらい(今回判明しましたが『タワーリング・インフェルノ』で900円)。それに対して前売り券は700円か800円(前同900円。意外に高かった)くらいだったはず。
僕はその200円の差額よりも、あのカラフルな半券が欲しかったんです。あの頃もっと自己主張ができたら人生バラ色だったかも笑
前置きが長くなり過ぎました。今回何が言いたかったかというと、僕の映画オタクっぷりを知っているお客さまから宝の山のような贈り物を頂戴したので、それを是非ご紹介させて頂きたかったのですよ。
「うちに古い映画雑誌やパンフレットがあるけどいらない?」
映画館通いが本格化した中学生の頃、インターネットもない時代の情報源は映画雑誌が主でした。1980年頃からまずはとっつき易いロードショー誌、だんだん物足りなくなってスクリーン誌が加わり、部屋は一気に付録のポスターで埋め尽くされていきました。今の店のカオスな状態をご存じな方であれば容易に想像してもらえるかと。
高校生活が終わる頃まで購読していた両誌も、悲しいことに実家を出たタイミングで処分されました。
そしてこの嬉しいお申し出。初めて映画オタクで良かった~!と心から思いました。だって第一弾として頂いたのがこちら!手にした瞬間震えました。涙が頬を伝わりました。
1972年5月発行の“感じる洋画雑誌”ロードショー誌創刊号です!しかも保存状態は極上!記念すべき表紙第一号はカトリーヌ・ドヌーブさん。当時360円。
巻頭グラビアは当然アラン・ドロンさん、フェイ・ダナウェイ姐さん、オリビア・ハッセーさん、マックイーン師匠、ジャン・ポールの兄貴、若かりし頃のキャンディス・バーゲンさん。折り込みポスターはチャールズ・ブロンソン兄ぃ。
全体的に至る所にドロンさん。文章を寄せているのが荻昌弘さんや小森のおばちゃま、筈見有弘さんに林冬子さんら。淀川長治先生は「懐かしの名画劇場」というシリーズをご担当されています。この頃の評論家の皆さまはお仕事がいっぱいあったんでしょうね。皆さん各々個性が際立っていて楽しかったですよね。
紙ものは重たいのに、一緒にご持参頂いたのがこちらの宝石たち。
『ウエストサイド物語』『風と共に去りぬ』『サウンド・オブ・ミュージック』未だに大スクリーンで観たことがない『ベンハー』。
名画座で観た『誰が為に鐘は鳴る』のイングリッド・バーグマンさんの美しさは忘れられません。大好きなはずなのに覚えているのは音楽と貨物列車の屋根の上でセーターに包まっているジミーの姿だけという『エデンの東』は観直さなければ。『オリエント急行』は登場人物の名前を書きだしながら(ヨーロッパの人たち名前が長いし)観た思い出が。
モノクロームなのに色鮮やかな『ペーパー・ムーン』。テイタム・オニールさんはお元気だろうか?
70年代初めといえばロバート・レッドフォードさんとダスティン・ホフマンさん。キャサリン・ロスさんを愛した二人が初めて競演した『大統領の陰謀』は地味だけど面白いですよね。
この一連の恋愛映画はあまり縁がなかったですねぇ。テレビの洋画劇場で一通り観ましたけど。『ある愛の詩』や『小さな恋のメロディ』は主題歌だけは忘れません!
僕が最初に劇場で観たジェームズ・ボンドは『私を愛したスパイ』。その前の3作品のパンフレットは嬉しい限り。東劇で観た『ジョーズ』と仙台東宝で観た『キング・コング』。『タワーリング・インフェルノ』を映画館で観たのはずっと後のことでした。
ブロンソン兄ぃの雨と夜の『訪問者』(全く関連ナシ)、ドロンさんの『フリック・ストーリー』に『ゾロ』(ゾロ映画では一番カッコ良いけど、世紀の二枚目スターがマスクでカオを隠していたのって当時のファンはどう思ったんだろう)。この大好きな二人にミフネさんが組んだ『レッド・サン』。去年のリバイバル上映に続き来月は「午前10時の映画祭」に登場します。また観に行くんだろうな~。
さらに先日ご自宅にお伺いして頂戴(僕的には“お預かり”しているつもりですが)してきた第二弾がまたスゴイんです。
1972年から79年、僕が購読開始する直前までの空白を埋めてくれるバイブルがいっぱい!試しに75年の一冊を手に取って読みだしたらやめられない止まらない笑
特集記事が「エルビス・プレスリー来日情報」!!この年の東京音楽祭の目玉、特別審査員(前年はフランク・シナトラさんだったそう)として招聘(しようとしたらしく)、2回の公演とホテルで1、2回ディナーショーを行うのを条件に交渉(したらしい)。世界一周公演も企画されていた(らしい)けど、結果的に表向きはエルビスが「飛行機嫌い」という理由でご破算になったとか。今では本当の理由は誰もが知るところですが、情報が少なかったこの時代は「エルビスは太り過ぎてジャンプスーツすら着れない」とか、音楽祭の前後のアメリカ公演のスケジュールや、カバー曲ばかり歌っていた理由なんかが事細かく載っています。
真偽のほどは置いておいて、その後の顛末を知っていても面白い記事に仕上がっています。
それに加えて如何にも70年代のオマケが
「現地録音パリから日本の皆さまへ! アラン・ドロン&ナタリー・ドロン魅力のメッセージ」と題されたソノシート。しっかり作られたジャケットにはメッセージの原文と対訳、その他の情報がギッシリ。
他にも旬のスターたちのポスターや当時のカレンダーやチラシやら写真やらのおまけが山積み!ファイルを買ってきてちゃんと保管しておきたいと思います。
毎年更新されて1月号の付録だった「スター名鑑」。当時は巻末に4各スターの住所(ファンレターの宛先。自宅だったのか?)も掲載されていて、たまに僕もファンレターを書いていました(返事はナシ)。
この名鑑をボロボロになるまで何度も何度も読み込んで名前とカオ(粗悪な印刷で良く見えない)と綴りと代表作を頭に叩き込んでいた中学生の頃のワタクシ。その熱量で勉学に勤しんでいたらその先の人生が激変していたことでしょうね。
これも大好きだったオマケ。ビデオのない時代にこの名シーンの写真を見て「どんな映画なんだろう?」と妄想に耽っていた中学生の頃のワタクシ。お陰様で想像力だけは豊かになりました。
アラン・ドロンさんの何と多いことか。いかに日本での人気が高かったかを物語っていますね。後日ゆっくり一枚ずつ拝見します。
そんな時代の空気ごとこの宝物を大切に保管してくださっていたOさまにこの場をお借りして心より感謝申し上げます。