ゲオルク・リーリエ「オーバーマスフェルトの村菩提樹」(1919年)。1648年、
ウェストファリア条約締結による 30年戦争の終結を記念して、南独マイニンゲン
近郊オーバーマスフェルト村に植樹された「平和の菩提樹」。©Wikimedia.
【25】 「近代国家システム」の勃興――
「主権国家」の成立
『近代国家は主権的国家である。主権は、近代世界システムにおいて発案された概念である。その第一の意味は、完全に自律的な国家権力ということである。
しかし実際のところ、近代国家は、諸国家が構成する・より大きな文脈――〔…〕「国家間システム」〔…〕――のなかに存在している。
15世紀末――〔…〕近代世界システムの始まりの瞬間に――イングランド,フランス,スペインに「新しい王政」〔いわゆる「絶対主義王政」――ギトン註〕が出現した〔…〕。「新しい王政」は中央集権化を志向する政体であった。〔…〕そこでは、君主の全般的権威にたいする地方権力の実質的な服属の確保がめざされた。〔…〕その手段として、文武の官僚組織を〔…〕創出した。もっとも決定的であったのは、徴税の実務を行なう十分な人員を確保して、相当な課税権力を手中におさめたことであり、これによって「新しい王政」は強力なものとなった。
国家間システム〔…〕の原型は、〔…〕イタリア半島に展開していたルネサンス外交にあると云われており、そして 1648年のウェストファリア講和条約で制度化されたとふつう考えられている。ウェストファリア講和条約は、ヨーロッパの大半の国家が調印し、国家の〔…〕自律性〔主権――ギトン註〕』の保障と、その制限を定める『国家間関係の〔…〕ルールを法典化した。それらのルールは、のちに国際法と』して『内容が練り上げられ、また範囲を拡大していった。』
ウォーラーステイン,山下範久・訳『入門・世界システム分析』,2006,藤原書店,pp.109-110.
「絶対」王権にしろ、「絶対」君主にしろ、その権力は、なるほど中世の名目的なフランス国王やドイツ皇帝と比べれば絶大なものでした。が、現代の先進国の国家元首に比べれば、それは微々たるものでした。「2000年のスウェーデン首相のほうが、1715年の〔…〕ルイ14世よりも」大きな実効的権力を持っていた。「国家の実効的権力の増大」は、近代世界システムの最初から 1970年代頃までの一貫した「長期的趨勢」だったのです。絶対王権の「絶対」とは、ローマ教会法をはじめとする「法」の権威に服さない、「法」に対する・君主の恣意的意志の優越が正当化される、という意味でした。
「絶対」王権が、集権化と実効権力増大のためにとった主要な方策は「官僚制の構築」でした。当初においては、官僚に俸給を支払うための税収源がなかったので、「売官」が用いられました。俸給を支払わずに忠良な官吏を抱えることができ、しかも財政が潤うのですから、君主にとってはまたとない妙法でした。ただそれによって、旧貴族層を突き崩し、社会の特権層の編成を変えてしまう効果は避けられませんでした。
ヘラルト・テル・ボルフ画『1646年、和平交渉のためミュンスターに入る
ネーデルラント代表』 ©Wikimedia. ウェストファリア講和会議には、独立
戦争中のネーデルラント連邦(オランダ)議会も代表を送った。1648年、ミュン
スターで3つの講和条約が結ばれ、その3番目でオランダの独立が承認された。
しかし、「絶対」君主は、地方実力支配者の権威失墜をむしろ利用して、中央集権化を進めたのです。君主は、「在地実力者の自律的権威を排除し」、さらに、中央で任命した「知事」を派遣して、君主の意向を国のすみずみにまで浸透させる情報網を創り出したのです。
他方、「絶対」中央王権は、「最小限の官僚組織」を用意するやいなや、「それを用いてあらゆる種類の政治的職務――徴税,司法,立法,強制執行機関(警察及び軍隊)――を国家の管理下に置」いた。
これらの国家機構は、東アジアでも、その他のあらゆる旧《帝国》領域においても、古代から当然に行なわれていました。が、ヨーロッパではようやく、この 17世紀ころに板についたのでした。(pp.111-112.)
こうした「国家」を、対外的な「国家間システム」のなかで見ると、それは「主権国家」でした。
「主権」という「対外的な権威の主張」が、複数の国家のあいだで具体的に現れる場面は、第1に「国境画定」です。「国境画定」とは、「国家がその内部に主権を及ぼし、したがって他国はいかなる(行政的,司法的,立法的,軍事的)権威も主張する」ことができないナワバリ範囲を、国家対国家のあいだで取り決めることです。
このような「主権」の画定範囲を侵害する権利主張や行為は、「内政干渉」として、オモテ向きは国際法上最大級の非難にあたいするとされます。が、近代「国家間システム」の現実においては、それは絶え間なく繰り返されてきました。ただ、その種の侵害を、アメリカのようなヘゲモニー国家が行なった場合には問題とされず〔ベトナム戦争,イラク戦争,等々〕、ロシアのような非ヘゲモニー国家が行なえば、正面から非難されるしくみなのです。
「主権」のもうひとつの本質的特徴は、「他国によって承認されなければ、〔…〕意味がない」ということです。「近代世界システムにおいて、主権の正統性は、相互的な承認を要件とするのである。〔…〕相互的承認は、国家間システムの根幹である。」
「国家承認」については、この 21世紀第1四半期においても、いくつかの顕著な例を見ることができます。
アメリカ合州国とキューバは、「政治的に〔…〕敵対しているが、〔…〕相互の主権について争うことは」なく、他の国々も双方を承認しています。1962年の「キューバ危機」の記憶が、平和の維持に役立っていることも無視できないでしょう。
中正祈念堂。台北市。中華民国元総統・蒋介石を顕彰する施設。©Wikimedia.
中国と台湾は、双方が〈台湾を含む中国全土〉の主権を主張しながら、戦闘に至ることなく対峙し続けています。両国のあいだには、経済的・人的交流関係もあり、台湾には親中国の有力政党もあって、容易に紛争化できない条件があります。世界の国々は、承認する中国代表権を、台北から北京へと鞍替えしてきました。台湾には、中国領有の主張を放棄することを掲げる「独立派」もありますが(客観的には最も合理的な主張)、それが多数を占められないのは、北京が、「台湾独立」を内乱の勃発と見なす(したがって直ちに戦端を開く)声明を繰り返しているからです。〈中国全土〉の領有主張を、〈台湾だけ〉の領有主張よりも容認できるとする北京の態度は不可解なものですが、これも、「主権国家」体制の矛盾の現れというべきでしょうか?
これに関連して流動性を増したのが、最近の朝鮮半島です。北朝鮮と韓国は、それぞれが半島全土の「主権」を主張する関係を、建国以来続けてきました。ところが、最近北朝鮮は、領土権主張を、軍事停戦ラインの北側、つまり実効支配領域に限定する方針に転換しようとしています。その趣旨で憲法改正が行なわれたかどうか、まだ確認できませんが、いずれ行なわれるでしょう。これは、平和共存のためなのかというと逆で、韓国を敵対国家として確定するためなのです。ここにも、「主権国家」体制のパラドックスがあります。
逆に言えば、文在寅政権当時の韓国の対北融和路線は、〈双方が半島全部の領有を主張する〉関係にあったからこそ可能だったとも言えるのです。韓国では「北」との条約は、憲法上、国際条約に当たらないので国会の承認を要せず、文政権限りで結ぶことができたし、一つの国家を形成すべき「同じ民族」だという理念があればこそ、南北双方が平和統一を目標にすることができたのです。
地中海に、「北キプロス・トルコ共和国」という国家があります。キプロス島の北半分を実効支配していますが、この国家を承認しているのはトルコだけで、南半分を実効支配している「キプロス共和国」は、全島の領有権を主張しています。それを、トルコを除く国連全加盟国が承認しています。それでも「北キプロス・トルコ共和国」が消滅しないのは、トルコによる「承認」と、軍事を含む強力な支援があるからです。(pp.112-115.)
スペインの「カタルーニャ」州は、2017年に住民投票でスペインからの「独立」を可決し、州首相は「中央政府と交渉する」として独立宣言を留保したものの、カタルーニャ州議会は独立宣言に当たる議決をしました。スペイン政府は独立を認めず、カタルーニャの自治権を停止し、逃亡した州首相を国際手配し、副首相以下に禁錮刑の有罪判決を下す(2021年に恩赦)等の強硬な措置を執りました。
「カタルーニャ」の分離独立が成立しなかった原因は、スペイン政府の態度もさることながら、EUがいち早く不承認を表明したことが大きかったと思われます。
カタルーニャ独立派のデモ。2006年2月18日、バルセロナ。©Wikimedia.
【26】 「近代国家システム」の勃興――
資本主義システムのなかでの「主権国家」の役割
『資本主義的な世界=経済で活動している企業家の視点から見ると、主権国家は、直接の彼らの利害にかかわる〔…〕7つの主要な領域において権威を主張する存在である。』〔1〕国境管理〔2〕所有権〔3〕労使関係の調整〔4〕費用の内部化と外部化〔5〕独占の創出と規制〔6〕課税〔7〕他国の政策決定への干渉。『長々と列挙したリストを見るだけでも、企業にとって国家の政策が決定的な重要性をもっていることがおわかりいただけよう。企業に対する国家の関係は、資本主義的な世界=経済の機能を理解する鍵となる。
大半の資本家が信奉する公式のイデオロギーは自由放任 レッセ・フェール、すなわち「政府は、市場における企業家の活動に干渉すべきではない」という教義である。企業家は、』しかし、それが実際に完全に『実施されることは望んでいない』。彼らの日常的活動は、むしろ国家に執拗に働きかけて、それぞれの企業ないし企業群の利益になる行動を引き出すことに向けられている。
ウォーラーステイン,山下範久・訳『入門・世界システム分析』,pp.117-118. .
【26bis】 資本主義システムにおける「国家」の役割
――〔1〕国境の管理。
『国家は、商品,資本,および労働が国境を越えてよいか、ようならばどのような条件によってか〔…〕のルールを設定する。〔…〕理論上、主権国家は』それを『決定する権利を有している。国家が強力であればあるほど、〔…〕官僚機構の規模は大きくなり、〔…〕国境を越える取引に関する決定を施行する能力も大きくなる。
国境を越える取引には〔…〕3つの種類がある。財の移動,資本の移動,〔…〕人の移動である。』
ウォーラーステイン,山下範久・訳『入門・世界システム分析』,2006,藤原書店,pp.117-118.
ある企業家は、海外からの原料が保護関税も数量規制も課されずに国境を越えて来ることを望んでいます。他方、その原料を国内で生産している企業家は、外国からの輸入が制限されることを望んでいます。同様の争いは、製品の輸出先の外国が行なう政策に関しても生じます。その外国が弱い国家ならば、当国の企業家はそれぞれ、強力な自国政府に働きかけて、その外国が保護政策を撤廃する/強めるように外交的圧力をかけることを求めます。「国家がどのような決定を下すにせよ、〔…〕いずれかの企業家の益〔…〕となる。〔…〕同じことは資本移動に関しても言える。」
砂漠地帯の米墨国境に建設された「壁」。米国カリフォルニア州ジャカンバ/
メキシコ・ハクメ。©JAMES WHITLOW DELANO / national geographic.
「国境を越える人の移動は、〔…〕労働力の需給に関係する。」人の国境移動は、財,資本と比べて厳格に規制されてきました。一般的に言えば、労働力移動の自由化は、受け入れ国となる賃金の高い国、つまり「中核国」において、「企業の〔…〕立場を強くし」国内労働者「の立場を弱くする。」しかし、中・長期的には、必ずしもそうではない。移民の受け入れは、受け入れ国の「社会構造へのインパクト」となり、たとえば消費構造を変えて、一部の企業家に損害を与えるかもしれない。中期的には、移民労働者が国内のいわゆる「3K労働」を担うことによって、国内労働者の地位・職種を押し上げることを期待する向きもあるだろう。たとえば、最底辺の単純作業者が増えれば、それだけ現勤務者の管理労働への採用の機会も増える、といったように。
【27】 資本主義システムにおける「国家」の役割
――〔2〕所有権の保護と調整。
『国家は、その国内における所有権に関するルールをつくる。
所有権は、いうまでもなく資本主義システムの中心的な構成要素である。自分が蓄積した資本を、自分のものにしておくことができなければ、無限の資本蓄積はありえない。所有権』とは、『国家が金銭を没収したり、親族が〔…〕取り分を要求したり、他人が〔…〕盗んだりするのを制限する法の全体である。くわえて、資本主義〔…〕システムは、取引における誠意に最低限の相互信頼をおくことを基礎として機能しており、』国家の法治による『詐欺の防止は、大きな社会的要請となっている。〔…〕
こういった所有権の保護において、〔…〕ただ国家のみが、こういった事柄に規則を設定する正統な権利を有している。〔…〕国家が保証する何らかの〔ギトン註――所有権〕保護がなければ、資本主義のシステムはまったく機能しえない。』
ウォーラーステイン,山下範久・訳『入門・世界システム分析』,pp.117,119-120. .
【28】 資本主義システムにおける「国家」の役割
――〔3〕労使関係の調整。
「企業家は、〔…〕労働現場こそが〔…〕国家による規制を最も控えてもらいたい〔…〕場であるかのように、ずっとふるまってきた」。具体的には、彼らの労働者に対する「報酬の水準,労働の条件,週当たりの労働時間,安全の保証」,雇い入れと解雇のしかたである。企業家たちは、これらについて国家が加える規制に「神経をとがらせている。対して、労働者は、〔…〕国家の介入をずっと要求してきた。あきらかに、そのような国家からの干渉は、短期的には労働者の」雇用主に対する「立場を強くする傾向にあ」る。
「全国一般東京東部労働組合」の団体交渉。2006年。右・画面外に
会社側役員がいる。支部を結成したドライバー140名は、この
交渉で、全員の1年契約社員から正社員への転換を勝ち取った。
しかし、国家による労使関係への介入は、“適度” な範囲を越えなければ、長期的には企業家にも利益になる「と考える企業家も多く存在してきた。〔…〕長期的な労働供給を確保し、有効需要を創出し、社会秩序の混乱を最小限に抑える」といった効果が期待できるからである。それは主に、規模の大きい企業を営む雇用者であった。彼らは、国家が、競争相手の大企業にも中小規模の企業にも一律に同じ規制をかけてくれることで、自分の競争上の地位を損なうことなく、これらの労務改善策を実施できることを、大いに歓迎したのです(pp.120-121.)
こちらはひみつの一次創作⇒:
ギトンの秘密部屋!