韓国の日刊紙『ハンギョレ』に連載中の論評記事から、きょうは、第9~10回のダイジェストをお届けします。
『ハンギョレ新聞』は、軍政時代、民主化を主張して職を追われた新聞記者が中心になり設立された。盧泰愚、金泳三、李明博、朴槿恵の保守派政権には批判的だったが、金大中、盧武鉉と続いた改革・進歩派の政権では、比較的政府に好意的であった。
2017年に誕生した文在寅政権に対しては一貫して支持しており、文在寅自身も、かつて『ハンギョレ新聞』の創刊発起人、創刊委員、釜山支局長などを歴任している。他方で、政権寄りの報道に対して若手記者が抵抗する事態も起きている。
この記事も、文政権の外交・統一政策に対して盲目的に支持するのではなく、基本的に評価しつつ、客観的・批判的視点をも失わない基調で書かれている。
執筆者キル・ユンヒョン氏は、大学で政治外交学を専攻。駆け出し記者時代から強制動員の被害問題と韓日関係に関心を持ち、多くの記事を書いた。2013年秋から2017年春までハンギョレ東京特派員を務め、安倍政権が推進してきた様々な政策を間近に見た。韓国語著書に『私は朝鮮人カミカゼだ』、『安倍とは誰か』などがある。現在、『ハンギョレ』統一外交チーム記者。
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http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/38216.html
『2018年9月18~20日、平壌で金正恩国務委員長から、「米国が相応の措置を取れば『寧辺(ヨンビョン)核施設』の永久廃棄のようなさらなる措置を取り続けていく用意がある」という約束を取りつけた文在寅大統領は、旅の疲れを癒す暇もなく、米国・ニューヨークへ向かった。韓米首脳会談と国連総会での基調演説を通じて、平壌共同宣言の成果を説明するためだった。
文大統領は24日、ドナルド・トランプ米大統領と会談し「北朝鮮の非核化に対して進展した合意があった」「もう北朝鮮の核放棄は北朝鮮内部でも後戻りできないほど公式化された」と述べた。トランプ大統領も「第2次米朝首脳会談を遠からず行うことになるだろう」と答えた。
文大統領の26日の国連総会での演説は、韓国の人々が待ち望んでいた「朝鮮半島の完全な非核化と恒久的平和」に向けた「バラ色の展望」に満ちた感動的なものだった。文大統領は「北朝鮮は長い孤立から自ら抜け出し、再び世界の前に立った」とし「北朝鮮が恒久的で確固たる平和の道を進み続けられるよう(国際社会が)導いてほしい」と強調した。このように場を整えたのだから、今度は北朝鮮が世界の前で非核化の意志を再確認する番だった。
焦眉の関心の中で行われた北朝鮮のリ・ヨンホ外相の29日の国連総会演説は、韓国の期待とは全く違った。リ外相は「(6月12日の)朝米共同宣言が円満に履行されるには、数十年間積み重ねてきた不信の壁を崩さなければならず、そのためには朝米両国が信頼醸成に労力を傾けなければならない」としながらも「米国の相応の回答が見られない」と切り出した。これに対する北朝鮮の結論は、「そうした状態で我々が一方的に先に核武装を解除することは絶対にあり得ない」ということだった。
さらに、寧辺の核施設を廃棄する見返りとして米国に要求する「相応措置」の内容を明らかにした。リ外相は、2017年末以降、北朝鮮が核実験とミサイル発射を停止するなどの措置を取ってきたが、それに対し「(国連)制裁決議は解除されたり緩和されるどころか少しも変わっていない」と指摘した。結局、北朝鮮が望んだのは「終戦宣言」という政治的宣言ではなく、今後の経済開発のために必ず必要な「国連安保理の制裁解除」だった。
寧辺の核施設と国連制裁を交換しようとする北朝鮮の試みは、5カ月後「ハノイ会談でのノーディール」という破局を招くことになる。
リ外相の演説が行われる4日前の25日、ニューヨークで韓日首脳が会談した。この頃、日本は韓国には言えない不満を抱えていた。一つ目には、韓国が韓日米の三カ国協力を通じて北朝鮮が本気で核を放棄するよう圧力をかける代わりに、融和的な態度を見せているという点だった。二つ目は歴史問題だった。文在寅政権は、日本軍「慰安婦」問題解決に向けた12・28韓日合意を無力化しただけでなく、もうすぐ判決が下される韓国最高裁判所(大法院)の強制動員被害者賠償判決に対する日本の懸念に大きな関心を払わなかった。
この会談の結果を説明する日本の首相官邸の資料には、安倍晋三首相が文大統領に「徴用工問題について、わが国の基本的立場に基づき改めて問題提起をした」という内容が含まれているが、大統領府の資料には12・28合意の結果として作られた「『和解・癒し財団』が本来の機能を果たしていない」という文大統領の発言が紹介されているだけだ。
日本はひとまず、不満を抑えた。南北が主導する「対話の流れ」は、70年余り続いた東アジアの戦後秩序を一気に崩す状況だった。こうした動きが続く限り、日本は国益に致命的な弊害となる「ジャパンパッシング」を避けるためにも、この対話の流れに賛同しなければならなかった。
日本は韓国の「意図的な無視」を理解できなかったが、これは2016年末の「ろうそく集会」という巨大な市民革命で誕生した文在寅政権の宿命だった。朴槿恵政権は、セウォル号惨事当日に「7時間の空白」をつくり、死にゆく子どもたちの絶叫に対応する意思も能力もないことを自ら立証した無能な人々であり、12・28合意を通じて慰安婦問題を「最終的・不可逆的」に忘却するという安倍政権の肩を持った正義に反する人々だった。司法府も同様だった。ヤン・スンテ長官が牛耳る最高裁は、「上告裁判所の設置」という最高裁の宿願である事業と強制動員被害賠償判決を交換しようとした「司法積弊」の巣窟だった。最高裁企画調整室が2015年3月26日に作成した「上告裁判所に関する大統領府への対応戦略」という文書をみると、大統領府が「日帝時代の強制徴用被害者損害賠償請求事件について、請求棄却の趣旨の破棄差し戻し判決を期待すると予想」という妙な内容が含まれている。この言及どおり最高裁は、イ・チュンシクさん(96)さんら原告が日本製鉄に対して起こした損害賠償裁判に対して2012年5月に行われた原告勝訴の趣旨の破棄差し戻し判決の最終結論を、6年以上先延ばししていた。このような状況で、韓国政府が日本の憂慮を受け入れて最高裁の判断に介入するというのは、ろうそく集会の念願を受け止めた文在寅政権が司法の積弊に加担するということと同じだった。
ついに10月30日、判決が出た。最高裁全員合議体はこの日、イ・チュンシクさんら4人が日本製鉄(判決当時は新日鉄住金)に対して起こした損害賠償請求訴訟の再上告審で、日本企業が原告に1億ウォン(約930万円)ずつ賠償すべきだという原審を確定した。この判決の核心は、1965年に韓日が交わした請求権協定は両国間の財政的、民事的な債権・債務関係を解決するものであり、慰安婦問題など日本の国家権力が関与した「反人道的不法行為」まで包括するとみなすことはできないということだった。つまり、夫婦が離婚して財産分与(請求権協定)を終えたとしても、夫が妻に暴力を振るった事実があればそれに対する損害賠償責任は残っているという論理だった。ハンギョレは翌日、1面トップ記事のタイトルを「『裁判取引』で遅らされた正義…徴用被害者もあの世で笑うだろうか」とつけた。
しかし、この判決は非常に複雑かつ微妙な「内部矛盾」をはらんでいた。最高裁の結論が、2005年以降韓国政府が維持してきた立場に反するためだ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の頃に作られた官民共同委員会は2005年8月26日、韓日がまだ解決していない「反人道的不法行為」の範囲を、慰安婦問題▽サハリン残留韓国人問題▽原爆被害など、事実上3つの問題に限定するという結論を下した。これによって盧武鉉政権は、強制動員被害者に対する賠償・補償問題は韓国政府が自主予算で解決し、残った3つの問題に対してのみ日本政府と外交交渉を展開する方針を維持してきた。最高裁判決の核心は、この「反人道的不法行為」の範囲を強制動員問題全般に拡大したことだった。これですべての強制動員問題が「未解決の課題」となった。むろん、2005年の政府も強制動員被害者たちが「強制動員は日帝の不法な朝鮮半島支配の過程で発生した精神的・物質的な総体的被害」という論理で日本に賠償請求しうると予想していた。しかし、日本の裁判所はこれを認めないだろうと予測した(「首相室韓日修交会談文書公開等対策企画団活動」白書、42~43頁)だけであり、原告らが韓国の裁判所で「最終的に勝訴」するとは予想していなかった。
日本はこの判決が、1965年6月の韓日国交正常化以降築いてきた両国関係の根幹を揺るがす重大な事案だと判断した。大最高裁の判決が出た直後の30日午後4時21分、安倍首相は記者団に対し、強制動員問題は「1965年の日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決された。今回の判決は国際法に照らしてもありえない」と述べた。
河野外相もイ・スフン駐日韓国大使を招致し「法の支配が貫徹される国際社会で常識的に考えられない判決」と声を高め、相次ぐ談話で「極めて遺憾。決して受け入れられない」と宣言した。』
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http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/38380.html
『多くの自衛隊関係者は、(韓国政府が)経済制裁を受けている北朝鮮漁船を、韓国海軍まで出動させて国全体で助けていると疑った。そのような光景がばれたことに腹を立て、レーダーを放ったというのだ。
2018年12月21日、岩屋防衛相は、「20日午後3時ごろ、(本州中部の)能登半島海域で警戒監視中だった自衛隊P-1哨戒機に、韓国軍の駆逐艦が火器管制レーダー(韓国では射撃統制レーダーと呼ぶ)を照射した。韓国側の意図は明確に分からないが、レーダーを照射するのは火器使用の前に行われる行為だ。これは予測できない事態を招きかねない非常に危険な行為だ」と述べた。岩谷防衛相の突然の会見に、韓国国防部は当日夜、出入記者らにショートメールを送り「軍は正常な作戦活動中だった。作戦活動の間にレーダーを運用したが、日本の海上哨戒機を追跡する目的で運用した事実はない」と明らかにした。その後、韓日国防当局間の信頼関係を破綻に追い込む「海上自衛隊哨戒機威嚇飛行および韓国海軍レーダー照準」問題が始まった。
この事態についての韓国・日本の軍当局の発表とマスコミ報道などを集めてみると、神奈川県厚木に駐留中の海上自衛隊第4航空群所属の海上哨戒機P-1は20日、東海(トンヘ)で定期哨戒活動を行っていた。この過程でP-1のアクティブ・フェーズドアレイレーダーが、韓日の排他的経済水域(EEZ)が重なる独島北東方100キロの海上で、複数の未確認物体を捉えている。
現場に到着した日本の哨戒機は、レーダーに捉えられた物体が韓国海軍の広開土大王艦(基準排水量3200トン)と海洋警察庁所属の巡視船サムボン号(5000トン)であることを把握した。韓国の駆逐艦はここで一体何をしていたのだろうか。日本の哨戒機は、広開土大王艦の高度150メートル、距離500メートル地点まで低空飛行し、様々な角度から現場の様子を撮影した。撮影を終えて遠ざかった頃、隊員たちは機器の警報音を通じて機体が広開土大王艦の照射したと推定されるレーダーの電波に当たったことを直感した。事実ならば、韓国が友好国である日本に対し、してはならない「敵対行為」を行なったことになる。
その時刻、韓国海軍は、北朝鮮船舶が漂流しているという情報にもとづき、当該海域に出動して捜索作業を行なっていた。捜索は10時間も続く難作業だった。のちに現場の映像を確認した香田洋二元自衛艦隊司令官は朝日新聞に「軍艦が任務をこなしているなか、日本の自衛隊機が接近してきたことに指揮官以下、乗組員の感情が高ぶった」という感想を残した。
日本の最初の抗議は事件翌日の21日午後、在韓日本大使館を通じて行われた。韓国外交部は「国防部と協議する。抗議事実を公表しないでほしい」という立場であり、国防部は「北朝鮮船舶を捜索中だった。捜索用として照射したが、狙いを定めたわけではない」と釈明した。しかし、日本は翌朝まで待たずに、当日夕方に関連事実をメディアに公開した。 その後、韓日軍当局間で凄絶な「真実攻防」が始まる。
日本防衛省は22日、韓国軍が放ったのは探索レーダーではなく火器管制レーダーであることを再度明らかにしたのだ。すると韓国国防部は24日の定例記者会見で、「日本側が脅威を感じるようないかなる措置も取らなかった」と強調し、「火器管制レーダーを放ったことはない」「一切の電波放射はなかった」と主張した。事件直後の「すべてのレーダーを稼働させた」という趣旨の発言を撤回し、今回の事態の本質は「日本の哨戒機の威嚇飛行」という逆攻勢に出た。すると防衛省は25日、再反論する資料を通じて、日本の哨戒機が受けた「電波の周波数帯域や電波強度などを解析した結果」、広開土大王艦から火器管制レーダーの電波を「一定時間継続して複数回照射されたことを確認した」と対抗した。
この頃、韓日は10月の済州島での観艦式に参加予定だった日本艦艇の「旭日旗」掲揚問題と、12月初めの韓国海軍の独島海上訓練問題によって、この上なくこじれていた状況だった。相互信頼が地に落ちた状況で真実が隠れた瞬間に、どちらかが深刻な被害を受けざるを得ない「ギロチンマッチ」(徹底した真相調査)が行われるわけがなかった。日本の言い分通りなら、広開土大王艦では友好国の哨戒機を火器管制レーダーで狙った(ロックオン)とみられる行為を3回も繰り返す容認できない「軍紀を乱す」行為が起こったことになる。逆に、韓国の主張が正しければ、日本が誇る最先端P-1哨戒機が深刻な機器の誤作動を起こしたと結論を出すしかない。「人のせいか、機械のせいか」というこの質問については、信頼できる消息筋からの話があるが、ここで詳しい言及は避けたい。結局、妥協するしかなかった。
しかし、安倍晋三首相(当時)の考えは違った。29日付の産経新聞によると、安倍首相は27日、岩屋防衛相を首相官邸に呼び、日本の哨戒機が撮影した現場の映像を公開するよう指示した。岩屋防衛相は「韓国との関係改善を重視する観点から難色」を示したが、安倍首相が公開を決断した。こうして公開された防衛省の13分7秒の映像を見ると、韓国の軍艦が砲を狙うなど「明白な敵意」を示してはいなかった事実も把握できる。
安倍首相が事態を拡大すると、大統領府も強硬対応に出た。国防部は4分26秒の「対抗動画」を公開し、「日本の哨戒機はなぜ人道主義的救助作戦現場で低空威嚇飛行をしたのか」と問いただした。
国防部の問いのとおり、なぜなのだろうか。日本の作家の麻生幾氏は2019年3月の月刊『文藝春秋』(文芸春秋)への寄稿で、日本の自衛隊関係者らによる推論を載せている。このころ、海上自衛隊は北朝鮮が国連安保理の制裁から逃れるために行う「瀬取り」(公海上で船から別の船に物を移す行為)方式の密輸行為の取り締まりに血眼になっていた。南北が露骨に接近する中、国連安保理決議の実効性を担保するには、日本が監視を強化するほかなかった。防衛省ホームページでは2018年1月20日から2020年1月12日までに海上自衛隊の護衛艦・哨戒機が取り締まった16件の瀬取りの現場写真を確認できる。麻生氏は、韓国海軍が本当に人道主義的救助活動を行っていたのなら、日本の海上保安庁に共同捜索を要請しただろうと主張し、「多くの自衛隊の関係者は、(韓国政府が)経済制裁を受けている北朝鮮漁船を、韓国海軍まで出動させて国全体で助けている」と疑っていたと伝えた。そのような光景がばれたことに腹を立ててレーダーを放ったというのだ。
2019年1月23日、チョン・ギョンドゥ国防部長官は午後2時3分に始まった新年懇談会を40分で緊急中断した。離於島(イオド)付近の海上で、自衛隊機が韓国海軍の軍艦に再び低空威嚇飛行を試みたからだ。激昂した国防部は、一時「自衛権的措置」にまで言及し、それまでに確認されていた3件の低空近接飛行事態を公開した。防衛省は21日、広開土大王艦1隻に対して3回も低空飛行を試みたことも認めた。日本の自衛隊は、相手が嫌だというのになぜこのような行動を繰り返したのだろうか。深い不信のためだった。韓国をこれ以上信じられないため、怪しい動きが捉えられるたびに低空飛行で精密監視を試みていたのだった。 』
この自衛隊哨戒機に対する韓国艦艇の《レーダー照射事件》について考えるには、まず、それまでの事実経過を整理しておく必要があると思います。
2017年9月 国連総会でトランプ米大統領が「北朝鮮を完全に破壊するほかは選択肢がない」と宣言。
日本・安倍首相、これを強く支持して「国難解散」、国内の《反朝》世論のもとに難なく安定多数を獲得(10月25日)。
2018年1月1日 金正恩「新年の辞」で、平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックに代表団派遣を表明。《南北対話》復活。
1月9日 トランプ米大統領、オリンピック期間中の「韓米合同軍事演習」中止に同意。
2月9日 平昌冬季オリンピック開会式。会期中「韓米合同軍事演習」中止。
同日、平昌での日韓首脳会談で、安倍首相、「合同軍事演習」中止に反対するも、文在寅大統領は「内政干渉」として一蹴。
4月27日 朝韓「板門店」宣言
6月12日 朝米シンガポール会談
6月~7月、日本・安倍政権、日朝対話を独自に再開しようと働きかけるも、北朝鮮側:「“拉致問題”は解決済み」、日本自身の「過去の清算を回避しようという無駄な謀略」、《南北対話》に「割り込んで利益を得ようという邪(よこしま)な打算」と酷評し、拒否。
8月 安倍政権、自衛隊と海上保安庁に指示して、北朝鮮の“瀬取り”制裁逃れに対する監視を強化。31日、“瀬取り”実況の録画を公開。
9月18~20日、韓国・文大統領の平壌訪問、「9・19平壌共同宣言」。24日、文大統領、国連総会で北の「核放棄」進展を報告。
29日 北朝鮮・李容浩外相演説:「我々が一方的に先に核武装を解除することは絶対にあり得ない」。
10月30日 韓国・大法院、「強制動員被害者賠償判決」。
12月20日 自衛隊と韓国軍の間で《レーダー照射事件》発生。
前年の2017年中、北朝鮮は核実験と頻繁なミサイル発射を行ない、米国トランプ政権もこれに対して強硬な姿勢を持していました。日本の安倍・右翼政権にとっては“順風”というほかはなく、北朝鮮への戦争攻撃を示唆するようなトランプの国連演説に対して、安倍は「イラク方式」を推奨して絶賛するなど、我が世の春でした。
ところが、2018年初の金正恩「新年の辞」と、これにすばやく応じた韓国・文大統領の平和工作は、《平昌五輪》と韓米の「合同軍事演習」中止措置をきっかけに飛躍し、トランプの「ショー好き」個性にも助けられて、北朝鮮《非核化》に向けて華々しく進展するかに見えました。
前年の緊張ムードは覆され、日本の頭越しに和平が進展してゆくかのような情勢は、自らも右翼政治家の例に漏れない「ショー好き」である安倍晋三の内心を、深く傷つけたことは疑いありません。「シンガポール」以後は、方向転換して日朝対話を求めようとしますが、その手法は幼稚というほかありませんでした。8月には再転換して“瀬取り”監視で注目を集めようとするものの成果なく、北朝鮮への「対話」呼びかけと攻撃的行動を無原則に並行する・無策というほかない外交姿勢は、現在の菅政権まで続いています。
しかし、これに対する韓国・文政権の対応も、失敗の種子をはらんでいたかもしれません。文大統領の平壌訪問と《9・19平壌共同宣言》は、安倍首相の対北強硬姿勢に対する対抗反応だった、というのが著者キル・ユンヒョン氏の評価です。もしそうだとすると、それは過剰反応だったのではないか、という懸念をぬぐえません。《平壌宣言》は、「《寧辺(ヨンビョン)》放棄」を唱う以外には具体的内容に乏しい「ショー」的なものと言わざるをえず、この段階でカナメとなるべき「核査察の受入れ」については、言及がありません。《東倉里(トンチャンニ)》を専門家の目の前で破壊するという表明などは、例によって「ショー」の予告でしかない。「ショー」を見せることは、「査察」の受入れではありません(『ハンギョレ』も、韓国与党諸氏も、この点を大きく見誤っています)
文大統領が、安倍・右翼政権の動きに過剰反応するあまり、表面的な「ショー」政治を助長する方向に突進していたのだとしたら、‥‥それは、キル・ユンヒョン氏が強調する《安倍・ボウルトンの時限爆弾》以上に、朝米対話の進展を空洞化して、《ハノイの悲劇》をもたらした原因だった、と言わねばならないでしょう。そう考えられる兆候は、たとえば文大統領の国連総会演説の直後、それとは距離のある対米批判演説を、北朝鮮の外相が同じ総会で行なっていることにも表れています。リ・ヨンホ外相は、制裁全面解除などの米側の大幅譲歩が先行しなければ、「我々」が《非核化》することは「絶対にあり得ない」、と言いきっているのです。文大統領の「平壌後」演説は、北の“本心”を見誤ったものとも言えます。
文大統領の米首脳への報告と国連演説が、北朝鮮への米側の信頼感を醸成しようとしてなされたことは理解できます。しかし、それにしても文氏の話は先を急ぎ過ぎたし、バラ色過ぎた。懐疑的な相手の意向は、懐疑的なまま伝え、相手が懐疑的になっている原因を知らせてこそ、信頼の醸成に役立つのです。文氏は、その逆をやってしまってはいないだろうか?
同年(2018年)10月に韓国で下された「強制動員被害者賠償」大法院判決は、この状態で対峙していた文政権・安倍政権双方に、さらに過剰反応をひきおこすバイアスになったと言えます。「強制動員被害者賠償」判決それ自体は、あるべき当然の判決だったと、私は考えています。国際法における《国家賠償と個人補償》という“分け目”の問題に関して、先進的意義を持つ画期的判決として、将来の世界史において高く評価されるものです(国際司法裁判所(ICJ)の判例にも、双方のものが見られ、世界的にいまだ決着のついていない大問題です)。しかも、この判決は、この間に日本が固執して自らの首を絞める枷となっていた「過去」問題(への否定的姿勢)に、真正面から切り込むものでした。
日・韓、とりわけ日本の政権が、客観的な視野を持っていれば、この判決が国際関係に影響を持つはずはないのですが、残念ながら安倍政権側には、近視眼的な閣僚(「しゅわっち」とか...)しかいませんでした。こうして、日韓双方の政権に、過剰反応の「もと地」が肥やされていったと言えます。
その状態で起きたのが、12月の《レーダー照射事件》でした。この事件プロパーの経緯を整理してみましょう。
日本の自衛隊と海上保安庁は、8月から引き続き、北朝鮮船舶による“瀬取り”を監視するため、行動範囲を広げていました。他方、韓国海軍は、この時、北朝鮮の漁船らしい漂流船を救助のために捜索していました。《平壌宣言》の後だっただけに、捜索は大々的に行なわれました。
「救助のため」という韓国側の表明にウソはないと考えます。じっさいに、事件後に救助が行なわれています。そればかりでなく、その後も、北朝鮮からの漂流船や亡命船が韓国東海岸に漂着する事件が何度も発生しています。そのたびに、韓国政府は、船の越境に気づかないでいたとして、国会で野党(保守政党)から何度も追及されているのです。
つまり、この「救助のため」という目的には、韓国では二重の意味があるのです。漂着船は、単なる遭難かもしれないが、亡命目的かもしれないし、韓国にスパイを送りこむのが目的かもしれません。いずれにせよ、「救助」したうえで尋問し、船員の意向次第で、北に送り返すか、「脱北」亡命者として思想教育を受けさせるか、しなければならない。放置しておくことはできないのです。
ところが、日本の自衛隊員は、上から下まで、韓国海軍の動きを、「北朝鮮の“瀬取り”を援助するため」だったと思いこんでいたようです。これは異常きわまりない曲解でしょう。第一に、“瀬取り”は、原油、揮発油などを移して行なうのですから、タンカーでない漂流漁船が行なえるとは思えない。第二に、軍艦がそばにいたからと言って“瀬取り”がしやすくなるとか、見つからなくなるとは、とうてい思えない。自衛隊の監視は、空から行なうのですから。
現場は「独島(トクト,竹島)東方100km」――日・韓の経済水域が重なる場所でした。独島の領有については争いがあります。しかし、仮に日本の領土だとしても、鬱陵島を起点とする韓国の経済水域内です。独島が韓国の領土だとすれば、日本の経済水域外であり、もっぱら韓国の専管水域です。そこにいる韓国艦艇に対して、自衛隊機が3回しつこく、監視のための低空飛行を行なった。韓国軍の隊員を刺激しないはずはないでしょう。
「真実論争」において、日本側の主張も韓国側の主張も、2転3転しています。隊員のみならず、双方の政府首脳までが、過剰反応に動転して感情的になっていたことをうかがわせます。しかし、ニュースを全体的に見渡せば、「レーダー照射」は、「漁船救助」のためではなく、威嚇のためであったこと、それは、韓国海軍の内部規則に違反していたこと、したがって、上部の指示ではなく、現場隊員の感情的な行為であったと見られること、しかし、砲門を動かした形跡はなく、単なる威嚇であった(攻撃の意図は無かった)ことが判明します。他方、自衛隊機に関しては、上部の指示に基づく、過剰で誤った思いこみによる監視(撮影)行動であったこと、結果的に、韓国側の救助活動を妨害したことが明らかです。
そして、顕著に感じられるのは、韓国という国に対する自衛隊および自衛隊員の無理解です。「ほんとうに人命救助なら、われわれに援助を要請するはずだ」――このような思い込みが、彼らの傲慢さを露わしています。「救助」は、単なる救助ではない。国家的安全保障なのだ。しかも、そこは、領有権紛争のある独島のすぐ近くだ……ということが、なぜ考えられないのでしょうか? 自衛隊内で、どんな隊員教育が行われているのかと考えると、肌寒い思いを禁じ得ません。
紛争の現場では、“平和ボケ”した「刃物を持つ基地外」ほど危険な軍隊もないのではなかろうか。日本が軍隊を持ちたいのであれば、まず自衛隊を解散すべきである。元自衛隊員の残留も関与も許さない別個の軍隊を創設するのでなければ、非武装中立のほうがずっとよい、と私が考えるゆえんです。
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この記事は、全10回の連載予定で、今回が10回目なのですが、最終回だとは書かれておらず、話の流れもまだまだ続きそうな気配です。今後、11回目以降が掲載されたときには、また何回かをまとめてダイジェストしたいと思います。
本日のところは、これにて。。。。
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