奥多摩の御岳山で、ひとつだけ、まだ踏み込んだことのない尾根道が残っていた。
御岳・大岳に登る尾根道で、有名なのは「馬頭刈(まずかり)尾根」だろう。以前は、取り付き口の「軍道」で、バスがからになるほど降りて行ったものだが、最近は降りる客もいない。流行の移りゆきはしかたないが、この登り道は廃れてしまったのか。ふもとに駐車スペースがないせいだろうか。
たしかに、「馬頭刈尾根」は険しく、長い。とちゅうにロック・クライミングの練習場があるくらいだ。下から上まで踏破するには気合が必要だ。
「馬頭刈尾根」と対照的なのが、「日の出山」から「麻生山」を経て五日市に下りる尾根だろう。路幅は広く、急坂もない。「ハセツネ(長谷川恒男カップ日本山岳耐久レース)」のラストスパートになっている。
この2つの主要な尾根にはさまれた「サルギ尾根」は、マイナーなコースだ。いままでノー・マークだったが、地形図を見ると、岩や崖の記号がけっこう付いている。意外に手ごわいかもしれない。
出発点は、「養沢神社」。バス停は、「大岳鍾乳洞入口」。鳥居の前に、「右 みたけ山道」と刻まれた石標がある↓
社殿の奥に登山口がある。
はじめは急な登りがつづくが、標高差150メートルほどで勾配がゆるくなり、杉林のなかを進む↓
まもなく、右側は自然林になり、クリ、シデ、山桜、カエデ、コナラ、ホオノキ、モミ、カヤ、ネジキなどが混生する。主体はコナラ↓のようだ。
コナラとミズナラは似ているが、葉のぎざぎざの切れ込みが浅いのがコナラで、深いのがミズナラ。幹の樹肌にも特徴がある。
コナラとミズナラは親戚どうしだが、標高で棲み分けている。低い場所に生える楢がコナラ、高い場所に生えるのがミズナラ‥と、いちおう言えるのだが、どこまでがコナラで、どこからがミズナラ‥というように、はっきりと分かれてはいない。たんに混じって生えているのでもない。コナラとミズナラの中間のような木があって、コナラに近いものからミズナラに近いものへと、だんだんに変化してゆく感じなのだ。こういうのを、植物学では「キメラ」というそうだ。
コナラの葉↓。ドングリが付いている。
ところどころ、岩がちな尾根を通過するようになる。
このくらいの岩は、あったほうが滑らなくて歩きやすい。急坂が続くわけではないし、退屈もしない。好適なルートと言ってよいのではないか。
縞模様が美しい岩石だ。この尾根全体が、この岩石で出来ているようだ。長瀞の岩に似ている。石英片岩だろうか。
東側が開けて、「日の出山」が見えた。
↓このくらい切れ込みが深くなれば、もうミズナラだろう。岩尾根には、アセビも増えてきた。
西側が開けて、馬頭刈尾根が見える。
↓つづら岩のあたりだろうか。やっぱり馬頭刈尾根は、険しそうだなあ。
リョウブの群生↓。奥多摩の特徴樹木のひとつ。まだらの樹肌に、大きめの葉の形が特有だ。葉はねばねばしていることもあり、近づくと甘い匂いがする。
リョウブと同じ“まだら”の樹皮をもつ木に、カゴノキ、ナツツバキ、ヒメシャラがある。幹はそっくりだが、葉の形で見分けがつく。カゴノキは「沼津アルプス」のような照葉樹林の樹。このへんでは見かけない。奥多摩から西の山梨県側に入ると、ナツツバキが多くなる。伊豆天城と関西の山は、もっぱらヒメシャラだ。『平家物語』の「沙羅双樹(しゃらそうじゅ)」は、ナツツバキらしい。ナツツバキは白い花だが、「盛者必衰」――変色してしまう。
リョウブは、日なたを好むパイオニア樹木なのだそうだ。そういえば、陽樹のアカマツが散見する。
自生の針葉樹も、このへんではカヤはなくなって、モミが多い。ツガもある。
↓ひとつの木から、コナラに近い葉っぱと、ミズナラに近い葉っぱが出ている。生えた年によって違いがあるようにも見える。キメラだ。
「高岩山」 920メートル に到着。ここでお昼にする。
「高岩山」から大岳山が見える。こちらから見ると、なかなかゴツい。
「高岩山」から「上高岩山」方面への下りは、道迷いに注意が必要だ。こういう・勾配のゆるい下り斜面が、いちばん道をはずしやすい。昼食後で油断したせいか、気がついたら、とんでもない奈落方向へ踏み込んでいた。5分ほどのロス。私でなくても迷い込む人が多いとみえて、“だましみち”ができかかっている。
「上高岩山」を常に正面に意識して進めば迷わない。言うまでもないことだが、迷ったら、来たほうへ、記憶に忠実に戻ること。本道から外れた地点まで、自分の足跡をなぞって登り返す。本道は、踏み跡の明瞭さで見分けがつく。絶対に横へショートカットしてはいけない。いまさら私のような者が言うことでもないが。
メイゲツカエデ↓。この尾根道は、紅葉時には佳境だろう。覚えておきたい穴場だ。
「上高岩山」の手前に展望台がある。そこから、「日の出山」の尾根全体を見渡せた↓。右手前は、高岩山。
↓うしろを振り返ると、大岳山に、遭難救助のヘリが出ている。怪我人だろうか?
「上高岩山」 1012メートル↓。チェーホフに遭う。
外国人の登山者も増えたが、中国人の多い高尾山とは違って、御岳は、コーカソイドにばかり会う。中国人の多い京都と、少ない高野山の違いか。欧米から日本は遠いから、ただの物見遊山や出稼ぎではなく、この国に何か興味をもっている人が来るのだろう。マイナーな場所でも研究して足を運んでくれるのを知ると、ありがたくなる。
しかも、御岳では、なぜか人のいない場所で、ちょっと風変わりな欧米人に出会う。そうすると、へたな英語を喋らされるはめになる。去年は、この隣りの沢で、白人と黒人の若者二人連れに出会った。
こんどのチェーホフ氏(眼鏡をはずしたチェーホフにそっくりなのだ)は、スマホに英語と日本語の対訳を出して、いきなり私の目の前に突き出してきた。
日本語のほうを読むが、機械翻訳なのだろう、さっぱり意味が分からない。あとは手ぶり。それで、私の下手な英語の出番になる。チェーホフ氏、自分では英語を話せないが、聞いて理解することはできるようだ。私が、谷のほうへ下りて行こうとしていると思って、そっちの道は危ないと言っているのだ。私は、頂上の写真を撮そうと思って裏へ回っただけなのだが。。。 しかし、こういう時には、お礼を言わなくてはならないと思い出す。焦って言葉が出なくなるほど、私のことを心配してくれたのだから。
英語といっしょにエチケットが出てくるのは、私の英語がへただからだ。へたも効用。
チェーホフ氏は、dangerous という単語を、とっさに思いつかなかったらしい。Thank you! It's dangerous. と言ったら、大きく頷いている。なんと思いやりの深い人だろう。
ハウチワカエデ。ほんとうに、紅葉の時に来てみたい。
芥場峠↓。ここで、御岳~大岳の主要ルートに合流する。急に人が増えた。
ケーブル「御岳山」駅へ行く途中、「長尾平」で休憩。登って来たサルギ尾根↓を見渡すことができる。奥に、馬頭刈尾根も顔を出している。
高岩山↓
上高岩山↓
御岳神社の参道に出会う。
「鳩ノ巣道」分岐点。先月は、ここから鳩ノ巣へ降りた。
タイムレコード 20200922
養沢神社1050 - 1128小ピーク(650m)1133 - 1206小ピーク(809m)1222 - 1253高岩山1325 - 1334タワ - 1358展望台1410 - 1416上高岩山1419 - 1433芥場峠1440 - 1506奥ノ院口1510 - 1523長尾平1550 - 1621ケーブル御岳山駅