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ラファエロ・サンチョ 『聖処女と御子』(部分)

 




       雨の季節

 雨の唄をずっと聞きつづけている、
 何日もまた何夜にもわたって、
 宙に漂い夢みるように騒ぎ、
 いつも同じ響きをまとうその唄を。

 この響きをわたしはいつか遠くの国で
 中華人
(しなびと)の辷(すべ)る楽(がく)の音(ね)に聴いた、
 蟋蟀
(こおろぎ)のようにかぼそく高く単調な、
 それでいて刹那ごとに魅
(ひ)きつけてやまない。

 ざわめく雨
(あま)足、中華人(びと)のうた、
 瀑布の楽
(がく)と海嘯(かいしょう)のひびき、
 いずれの巨いさであろうか、この世の涯
(はて)をたどり
 御身の魔力のうちにわたしを引き戻すのは?

 御身の魂は永遠
(とわ)なる響き、
 時も知らぬ変化
(へんげ)も識らぬ、
 御身の故郷を際前
(とう)に逃げ出したわれらの
 胸に、燃え続ける名残
(なご)りの響き。


 


 「蟋蟀のようにかぼそく高く単調な」音楽とヘッセが言っている中国の楽器は、胡弓を思わせます。

 三味線のような弦楽器を、馬の尾の弓で弾くものを、日本では十把ひとからげに「胡弓」と呼びならわしていますが、中国では「二胡」など、モンゴルでは「モリンホール」、朝鮮では「奚琴」といいます。ユーチューブを漁ってみると、種類も多く、また演奏しだいでさまざまな表情をもっているようです。

 日本人がふつうイメージする「胡弓」は、まず↓こんなものでしょう。


 

『黄砂』
楊興新(ヤンシンシン)/作曲・板胡演奏

 


 「板胡」というのは「二胡」の一種ですが、「二胡」の共鳴箱はふつう椰子の実で作るのを、薄い板で作るものが「板胡」だそうです。「二胡」は、弦が2本だから「二胡」というのですが、驚いたことに、2本の弦のあいだに弓を入れて弾くのだそうです。

二胡(にこ、拼音: èrhú)は、中国の伝統的な擦弦楽器の一種。2本の弦を間に挟んだ弓で弾く。琴筒はニシキヘビの皮で覆われている。

 原型楽器は、代に北方の異民族によって用いられた奚琴という楽器であるとされる。この頃は現在のように演奏するときに楽器を立てず、横に寝かせた状態で棒を用いて弦を擦り、音を出した。代に入り演奏時に立てて弾く形式が広まり、この頃には嵆琴と字を変えて呼ばれるようになった。宋代の沈括《夢渓筆談》の記録から、代には既に馬の尻尾が弓に用いられていた様子が伺える。

 奚琴(けいきん、中国語: シーチン、朝鮮語: ヘグム,해금)は、(中国東北部シラムレン川の谷に住んでいたモンゴルまたは契丹に近い遊牧狩猟民族)により古代中国にもたらされ、朝鮮半島に伝わった擦弦楽器。胡琴属の楽器の始祖とも言われるため、モリンホール二胡などを含むモンゴル、中国、朝鮮半島の全ての擦弦楽器の起源とも言える。

 中国においてはの宮殿で使用されたのが最初の登場で、当時は竹の棒を弓として弾いていた。代になるとより改良され、馬の尾を用いた弓で弾かれた。当時の奚琴は垂直に持たれ、二本の絹の弦があった。

 1116年ごろ伝えられたという朝鮮半島の奚琴(ヘグム,해금)は中国の奚琴に由来し、非常に類似した形状をしている。それは、棒状の首と木製の空洞の箱、2本の絹の弦で構成され、膝の上で垂直にして演奏する。」

Wiki: 二胡
Wiki: 奚琴


 つまり、朝鮮半島には、「二胡」の古いタイプが伝わって、そのまま残っているわけですね。

 社会主義王朝の北朝鮮では、現代風に改良した「小奚琴」が演奏されているそうですが、ここでは、韓国の伝統的な「奚琴」を聴きたいと思います。曲目の「散調(サンジョ)」は、カヤグムなどでよく演奏される定番の曲。日本の雅楽なら「越天楽」みたいなものでしょう。ただ、この「散調」、じつは 19世紀に成立した“近代民俗音楽”なんです。「長鼓(チャンゴ)」の鼓手が掛け声をかけていますが、本来は、観客が自由に掛け声をかけていいのだそうです。


 

池瑛熙流『奚琴散調(ヘグム・サンジョ)』
チョ・ヘリョン/奚琴
キム・ヨンハ/長鼓

 

 



ラファエロ『パルナッソス』(部分)   
 



 ↓つぎは、中央アジアのトルクメニスタン。ところ変われば品変わる。同じ胡弓でも、ずいぶんふんいきが違います。

 

トルクメニスタンの胡弓
 


 モンゴルに行くと、「馬頭琴」と呼ばれます↓。いや、「馬頭琴」というのは、中国人が呼んでいる名称で、サオの先に馬の頭をかたどった飾りがついているので、そう呼んでいるわけです。「二胡」と同じように、弦は2本。胴もサオも大きめですね。小形のチェロといった感じ。

 しかし、演奏の迫力はハンパじゃない。「かぼそい」どころではない、もうひとつの胡弓音楽があります。


 

『万馬奔騰』
チ・ボラグ(内蒙古)/作曲
Anda Union/馬頭琴合奏

 


モリンホール(馬頭琴)(モンゴル語: Морин хуур、ᠮᠣᠷᠢᠨ ᠬᠤᠭᠤᠷ、Morin khuur)は、モンゴルの民族楽器。

 モリンホールは、弦の本数が2本の擦弦楽器であり、モンゴルを代表する弦楽器。モンゴル語で「馬の楽器」を意味する。楽器の棹の先端部分が馬の頭の形をしているため、中国では馬頭琴の名で呼ばれる。

 音質は柔らかで奥行きのある響きで、チェロやヴァイオリンのような澄んだ音にはないノイズの含有が、モリンホールの特徴的な音質を形作っている。そのため、「草原のチェロ」とも呼ばれる。ギターのようなハーモニクス奏法(倍音奏法)も可能。

 チ・ボラグ(モンゴル語:ᠴ ᠪᠤᠯᠠᠭ、Чи Булаг、Ci Bulag、簡体字:齐 宝力高、1944-)は、中国のモリンホール(馬頭琴)演奏家、人間国宝、作曲家。

 満州国興安南省ホルチン左翼中旗(現:通遼市)生まれ。チンギスハンの長男ジョチ(朮赤)の末裔。活佛、モンゴル文化を伝承した重要な人物である。中国国家一級演奏家、世界馬頭琴大師。「万馬奔騰」は 1979年作曲。』

Wiki: モリンホール
Wiki:チ・ボラグ


 

『Jingiin Tsuvaa(キャラバン?)』
モンゴル国立馬頭琴アンサンブル

 

 

 ところで、最後に、↑きょうの最初の絵(ラファエロ『聖処女と御子』)をもういちど見てください。イタリア・ルネサンス時代の絵画ですが、左の人が弾いているヴィオラ・ダ・ガンバの前身のような楽器、弓を当てている位置が、胡弓に似ていませんか? 西洋の擦弦楽器はすべて、中世アラビア「ラバーブ」が起源とされていますが、「ラバーブ」の起源はわかりません。「ラバーブ」は東アジア圏の胡弓に酷似しています。世界帝国のからアラビアに紙が伝わったのと同じころに、胡弓が西に伝わったのではないか?

 胡弓の起源は「奚琴」です。もしかすると、「奚琴」は、世界の擦弦楽器の起源かもしれない。満蒙国境の小さな谷に住んでいた狩猟民が発明した楽器が、約1500年のあいだに世界中に広まって、現代のオーケストラの中核を構成する弦楽器群となったのかもしれませんね。

 

 



    きみは変に思うかもしれない――

 きみは変に思うかもしれない、
 ぼくがときどき少年のように
 泣きつづけて眠りにつけず
 寂
(さび)しさに苛(さいな)まれるのを見て。

 またぼくが一日じゅう夢見る人のように
 ひそかな痛みを抱え、どこか識らぬ静かな園の
 籬
(まがき)に沿って彷徨(さまよ)いながら、
 子供のころを懐かしんでいるのを知って……


 

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