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フィンランド、カイヌー地方の日没


 



       1915年の春に

 しばしばわれらの時代はたぐいなく明るく
 辺際
(へんざい)の眼が見開かれたかのようだ、
 打ち砕かれたきれぎれの幻
(まぼろし)から
 溢れ墜ちる泉また泉、
 彼の十字架から昇天する
 救い主の偉大と蒼白
 すべての戦いの上から
 永遠
(とわ)なる愛の王国を説く。

 しばしば私の眼はどす黒い憎悪と
 憤怒に裂かれた人の身体
(からだ)
 際限なく犯罪のなかで奪い去られる
 弱々しい魂のほか何も見ず、その痛みが
 虚
(うつ)ろな眼でぼんやりと覘(のぞ)く、
 貧しき愛の神は不安に戦慄
(おのの)いて、
 すべてが暗闇に沈んでゆくあいだ、
 流血の野原をさ迷っている。

 それでもわれらの野辺は
 日ごと新たな花々をもたらす、
 鶫
(つぐみ)の囀り
 楡の枝から甘く酔いしれて響く、
 世界は殺害に気づかない、
 世界は幼児化してしまったから、
 われらは息をころして立ちつくす
 芳しく長閑
(のどか)な微風(そよかぜ)
 もはや不安も痛みも死も覚
(おぼ)えることはない。


 


 

シベリウス『大地への讃歌(マーン・ヴィルシ)』
エラーハイン少女合唱団
エストニア国立男声合唱団
パーヴォ・ヤルヴィ/指揮
エストニア国立交響楽団

 

おまけ⇒:【VOCALOID】Maan Virsi / Hymn to the Earth【シベリウス】




第一次世界大戦の煽りを受けて1917年ロシア革命が起こると、フィンランド議会はこれを好機として1917年12月6日に独立を宣言した。ロシア革命により誕生したばかりのソビエト政府は民族自決の方針からフィンランドの独立を認めた。

 しかし、この間、フィンランド国内では、左派・右派両勢力の対立が激しくなり、それぞれが武装して、1918年1月、赤衛軍と白衛軍のあいだで内戦が勃発した。白衛軍はドイツ帝国とスウェーデン義勇軍の支援を受けた。一方、赤衛軍はソビエト・ロシアの支援を受けていた。

 シベリウスは自然と白衛軍の支援に回ったが、トルストイ運動家であった妻アイノは赤衛軍にも幾ばくか共鳴するところがあった。2月、アイノラ(シベリウス夫妻の住居)は2回にわたって赤衛軍の地元部隊によって武器隠匿の疑いで家宅捜索を受けた。開戦から数週間の間にシベリウスの知人の中には暴力行為を受けて落命した者もおり、彼の弟で精神科医のクリスティアン・シベリウスは前線で戦争神経症を負った赤衛軍兵士のために病床を確保しておくことを拒否したために逮捕された。

 4月13日にドイツ軍と白衛軍によりヘルシンキが陥落。赤衛軍はカレリアのヴィープリへ逃亡、4月29日にはカレリアの主要都市が陥落。赤衛軍最後の拠点も5月5日に陥落し、赤衛軍はロシアへ逃亡した。

 1920年、シベリウスは手の震えが大きくなる中、ワインの力を借りつつスオメン・ラウル合唱団のために詩人エイノ・レイノの詞を基にカンタータ『大地への讃歌』を作曲し、交響曲第6番の作曲を続けた。」

  ⇒:Wiki:「フィンランド内戦」 ⇒:Wiki:「ジャン・シベリウス」(一部改)

 独立とともにフィンランドを襲った内戦と分裂の危機。ロシアの植民地だったフィンランドには軍隊も兵役も無く、職業軍人もいませんでした。赤衛軍も白衛軍も、民間人が集められて武器を持たされたにすぎなかった。しかしそれだけにかえって、わずか数か月の戦闘で多大の犠牲者を生むことになりました。

 

 文字どおりフィンランド民族の独立をめざす活動のなかに音楽活動のすべてがあったといってよいシベリウスにとって、ようやく目の当たりにした・この「独立」の風景は、いったい、どう映ったことでしょうか? どんな民族の独立も、“幸せのパラダイス”ではありえないのです。

 

 “極右ナショナリズム”といわれる詩人レイノの作品に、むしろ心のやすらぎを覚えることがあったのかもしれません。

エイノ・レイノ(Eino Leino 1878年 - 1926年)はフィンランドの詩人、ジャーナリスト。フィンランドの詩人の先駆者として知られている。レイノが書いた詩は現代とフィンランド民俗の要素を兼ね備え、その作風はカレワラなどの民謡に似ている。レイノの作品は主に自然、愛、そして絶望がテーマであり、現代のフィンランドでも広く読まれている。

 レイノはフィンランド文学における民族ロマン主義をはじめて形作った最も重要な人物と考えられている。実際、レイノは作曲家のジャン・シベリウスなど若いフィンランド人の作品の特徴を述べるとき『民族ネオロマン主義』(National neoromantism)という語を用いた。

 早期の作品ではフィンランドの民族叙事詩カレワラの影響が見られた。」

  ⇒:Wiki:「エイノ・レイノ」



 さて、前回の“第2楽章特集”で、ひとつだけ、第2交響曲の第2楽章が残っていましたので、聴いてしまいましょう。この時期は民俗調も色濃く、ロマンチックで華麗によくまとまっています。

 

シベリウス『交響曲 第2番 ニ長調』から
第2楽章 アンダンテ・マ・ルバート(前半)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 



 

 


 

シベリウス『交響曲 第2番 ニ長調』から
第2楽章 アンダンテ・マ・ルバート(後半)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 


 今回は、ロマン派風の叙情的な曲が多かったと思います。↓これも、そういう逸品。いつか、どこかで聞いたことがあるような、なつかしいメロディーから始まります。

 

シベリウス『弦楽オーケストラのためのアンプロンプチュ』
ペッカ・ヘラスヴオ/指揮
フィンランディア・シンフォニエッタ

 




      新しい体験

 ふたたびわたしの前に帳
(とばり)が落ちて、
 頼れる人々は疎遠になる、
 見おぼえのない星空が瞬いて、
 心は夢に阻
(はば)まれつつ歩む。

 さらに新たな輪と輪をえがき
 整えられる周囲の世界、
 中にぽつんと子供のように
 置かれた自分を空しく見つめる。

 それでもこれまで幾たびもの誕生の
 遠ざかっていた想いが閃く;
 星々はしずみ、星々は生まれ、
 宇宙がうつろであったことはない。

 魂は屈み復た起き上がり、
 永遠
(とわ)のうちに呼吸する、
 ちりぢりに裂かれた糸から神の衣
(ころも)
 いっそう麗しく新たに織られてゆく。



 

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