復讐の呪いをかける
少年クッレルヴォ
呑んだくれ
Ⅰ
ぼくの前を通り過ぎてゆくお前たち
そんなに臆病そうに慎ましやかに、
おまえたちは知らない、苦悩とは
そして愛とは何なのかを知らぬ。
かの花園もお前たちは知らぬ、
むせかえるような〔※〕夢の園(その)、
そこでは死にゆく薔薇が待ちわびる
その真紅の花弁のひとひらごとに詩なのだが。
お前たちは通り過ぎ既(すんで)のところで眼をそらす
ぼくが眼に入るのを怖れるように、
それでもぼくは王さまだ
おまえらの百倍気高く裕福だ。
Ⅱ
どこへ行ってしまった、薔薇色に
紅く染まったぼくの夢、――花園の
女たちと夜ごとの愛欲の
熱くて青いぼくの夢?
どこへ行ってしまった、ぼくの夢、
馬の吐く湯気、勝利と負傷、
刀傷(かたなきず)と血の紅(くれない)に
燦然と耀くぼくの夢?
グラスのブルゴーニュ〔*〕が暗淀み
やわい泡沫を掻き立てる――
おお、なぜおぬしは堕ちてゆく、
若者よ、美しき夢よ?
Ⅲ
夜ごとに終夜、熱い手で額(ひたい)を支え、
ぼくは書物に熱中した。
探したものは見出せず、見出したものは、
その後数年忘れたままになった。
そして夜ごとに終夜、燃えあがる熱い唇で
ぼくは綺麗な女たちの慰み者だった、
ぼくは愛の謎を知り、
ぎらぎらした情欲とおぞましさに満たされた。
夜ごとに終夜、想いに沈んで独り座し
ぼくはいま酒とざわめきの縺れた夜に
落ちてゆくのを感じている、
夜々の光が幽霊のようにちらつく。
ながいこと追い求めてきた叡智と
言葉と歌がぼくの中で熟する、
それらをぼくは口には出さないで
夜明けの青い静寂(しじま)に漂わせようとおもう。
※ schwül[むし暑い]は、schwul[同性愛の]に音が近い。
* Burgunder ブルゴーニュのもの;ブルグント人。古代ゲルマン叙事詩の舞台となった「ブルグント」は、現在はフランス領で、「ブルゴーニュ」と呼ばれる。じつは同じ場所。ブルゴーニュ産ワインと、ブルグント族、つまり叙事詩『ニーベルンゲン』の英雄ジークフリートを掛けている。
シベリウスには、ピアノやヴァイオリンのための小曲がかなりあります。CDの解説によると、戦争(第1次大戦)で演奏旅行ができなくなったので、収入を補うために、練習用の楽譜を出版したのだそうです。
みな小品ながら、オーケストラの大曲に劣らず、シベリウスらしい民謡調、また現代風の特徴がよく現れていて、弾きごたえも聴きごたえもある作品が、少なくありません。さまざまな種類の樹木にちなんだ曲が多いのも、眼をひきます。
シベリウス『アンプロンプチュ 5番 ロ短調』
P.バートン/ピアノ
シベリウス『5つの作品“樹々”』から
第4曲「白樺」
ホーヴァル・ギムセ/ピアノ
無視するサーリ島の娘たち
つぎは、シベリウスのヴァイオリン用エチュードを、チェロとギターの伴奏で演奏します。
シベリウスの小品は、チェロの音色によく合いますね。
シベリウス『エチュード』作品76の2
ソルヴェイ・メーンス/ヴァイオリン
ニコラ・レスコワ/ギター
ヘルシンキ放送交響楽団
さいごは、叙事詩《カレヴァラ》の『レンミンカイネン物語』から、「レンミンカイネンの帰郷」。
以前に聴いていただいた『トゥオネラの白鳥』の、続きにあたる部分です。「帰郷」は、第15章:
「 《カレヴァラ》から
レンミンカイネンの求婚と帰郷
レンミンカイネンは、男前で有能な青年だったが、血の気が多く、女癖が悪かった。〔…〕サーリ島へ求婚しに出掛けるが、そこですべての女に手をつけてしまう。ただひとり靡かなかった娘キュッリッキを誘拐し、彼は今後戦いに出かけないこと、彼女は村へ遊びに出ないことを約束して結婚する(第11章)。
ところが、キュッリッキは、村の若者たちのところへ遊びに行ってしまったので、腹を立てたレンミンカイネンは、ポホヨラ(北方の国、ラップランド)へ戦いに出掛け、まず、ポホヨラの男全員に魔法をかけて、動けないようにしてしまう。(第12章)
レンミンカイネンは、そうしておいてから、ポホヨラの女主人である老婆に、娘をよこすように言ったが、老婆は、娘をやる条件として、3つの課題を出す。
レンミンカイネンは、ヒーシ(妖かしの森)で、第1、第2の課題を果たし、3つ目の課題である、トゥオネラ川の白鳥を射るため、そこへ向かった。トゥオネラとは、冥界との境に流れる川である。
レンミンカイネンがトゥオネラ川の岸辺に着くと、ポホヨラの男でただひとり魔法がかからなかった老人が、待ち伏せていた。老人の投げつけた水蛇に噛まれて、レンミンカイネンは死に、川に落ちる。レンミンカイネンの死体は、トゥオネラの流れによって冥界に運ばれ、そこで死神の息子によって、5つに切り離されてしまう。(第13-14章)
レンミンカイネンの母は、彼の死を察し、ポホヨラへ急行し、彼の行方を訪ねた。ポホヨラの女主人である老婆は、何度かごまかそうとするが、詰問されて、レンミンカイネンに3つの課題を出したことを告げる。
母は、彼の行方を尋ね回り、彼がトゥオネラ川に落ちたことを知る。母は、『不滅の鍛冶匠』イルマリネンに頼んで、熊手を作らせて川底を浚った。そして、息子の破片を掬い集め、つなぎあわせた。レンミンカイネンの身体は元通りになったが、心がなく、ものも言わなかったので、軟膏を作って塗ると、ようやく蘇生した。
こうして、レンミンカイネン母子は自国に帰って行った。(第15章)」
⇒:カレヴァラ(あらすじ)
シベリウス『レンミンカイネン組曲』から
第4曲 「レンミンカイネンの帰郷」
パーヴォ・ベリルンド/指揮
ボーンマス交響楽団
※ ↓おしまいのヘッセの詩ですが、季節感がわかりにくいかもしれません。日本で、青々と芽吹く季節といえば春ですが、ヨーロッパで畑に小麦(冬小麦)の種をまいて芽が出る季節といえば秋です。
冬小麦の種まき期は、9-11月。日本の東北では、9月に入ればもう播くので、ヨーロッパでも寒冷な高地のスイスは、そのくらいでしょう。収穫は、翌年7月です。
こんなにもしばしば――
私がこんなにもしばしば軽い痛みを抱いて
青く芽吹いた耕野〔※〕を歩くのは、
そして空高く広々と
雲が光って渡るのを見ているのは、
私がこんなにもしばしば子供たちのいる
庭のそばに立ちどまっていなくてはならないのは、
そしてあいさつや愛らしい笑い声を
かけられるのを待っていなくてはならないのは、
私がもう二度と見知らぬ世界の名声や
見知らぬパンを妬まないのは、
私がこんなにも満ち足りているのは、
―――もう秋なのか? それとも死が近づいたのか?
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沈んだレンミンカイネン
の死骸を掬い集める母