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Pierre Joubert


 


   ★ うつわになりたい


 うつわになりたいと思う
 四月の青いうつわになりたい
 春の最初のひかりを享ける
 花びらのうつわになりたい
 真夏の輝線がそそぎこんでいる
 硬い葉むらのうつわになりたい
 せわしなくこぼれる融銀のアマルガム
 北国の重いそらの下で妖精の魂たちを
 ふくみこんでいる忘られた
 枯木のうつわになりたい。

 音になりたいと思う
 海と陸地とそらの呻
(うめ)きを木霊(こだま)のように返す
 禁制の森の奥からひびく盗伐者の遠い斧
 夜明けのしじまを破るその声を
 countertenor の あかるい唄にして返す
 躊躇
(ためら)いのどんな僅かな顫(ふる)えをも見のがさない
 音のことばになりたい。

 ぼくのうつわから音はこぼれる
 太陽のざわめき、風の悲しみ、雲の熱と怒り
 どんなに確かに受けとめようとしても
 ぼくのうつわは笊の目のように荒い
 蜘蛛の網のように疎い
 赤い舌の郭公
(かっこう)が通りぬけてゆく
 音はこぼれる
 ぼくのうつわは声を紡ぎださない。

 四月の雲の下で鳴りつづける厳
(おごそ)かなオルゴール
 たむしばの白い花は散ることがない
 誰もがひとつのほうへ向かってゆく暗い流れとうたかたに
 何度もぶつかりそうになりながら摺りきれながら
 それでも天道
(てんとう)はだれにでも射すと
 信じきっている山男のように
 赤い舌を出す郭公のように
 大きなバックパックをしょってぼくの前を通りすぎる
 赤茶けた髪のわかもの
 だれもがほほえむ William Morris の市場
(いちば)へ行くといったふうに
 いま隣りの青い森に入ってゆく。




 ※ 今週の《詩文集》は、週末になります。いましばらくお待ちを。



 

 

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