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   空中庭園のヴァイオリン

 遠くの暗い谷という谷から
 蟋蟀
(こおろぎ)のやさしい声がやって来る
 わたしの心は押し黙って聴き入り
 夜が明けるまで呵責
(かしゃく)に震えている。

 月に照らされた長い夜の時間
 わたしの慕情はずっと目覚めている
 その秘められた傷が痛み
 宵闇のなかへ血を流す。

 階段状の露壇
(テラス)に響く
 ヴァイオリンのしなやかな嘆き
 すると、深い疲労がわたしを襲い
 苦しみから解きはなつのだ。

 階下
(した)で奏でている見知らぬヴァイオリン弾き、
 こんなにもしなやかな、暗い嘆きの唄を
 おまえはどこで見つけてきたのだ
 わたしの慕情を言い尽くしているそれを?


 


 「ガルテン(庭)」―――こんな初級中の初級単語で字引をめくることはめったにないんですが、今回は引いてしまいました。↑タイトルの意味が、どうしてもわからなかったからです。

 原題は、“Eine Geige in den Gärten”(庭[複数]の中の1台のヴァイオリン)―――庭がたくさんあって、その「なか?!」にヴァイオリンが1台だけあるって、どういうこと? 「庭」が複数になると、何か特別な意味になるのかしら‥

 辞書を数種引いて、ようやくそれらしい例文がありました。「吊り下げられた庭[複数] die hängenden Gärten」とは、古代メソポタミアのバビロンにあった「空中庭園」のことなのだそうです。英語で言うと:hanging gardens.↑上の絵のように、階段式の宮殿の各段が庭園になっています。ヘッセがイメージしているのは、どうやら、これのことらしい。

 なるほど、ヴァイオリンの音色は、バベルの塔のように、天空をめざして高く高く昇ってゆくかのよう‥‥ 聴いていると「深い疲労」に襲われるのも、むべなるかなです。


 

シベリウス『ヴァイオリン協奏曲 二短調』作品47から
第1楽章 アレグロ・モデラート
ペッカ・クーシスト/ヴァイオリン
レイフ・セーゲルスタム/指揮
ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

 


 ペッカ・クーシストは、フィンランドのヴァイオリニスト。1995年、19歳の時に、シベリウス国際ヴァイオリン・コンクールで、フィンランド人として初めての優勝を遂げた早熟の天才ですが、彼自身はクラシックに閉じこもる気は、さらさらないようで、現在は、プレイ・バッハ系のエレクトロニクス・バンドや、フィンランドのフォーク・ミュジッシャンとの共演を中心に活動しているようです。いやいや‥それどころか、タワレコに出てたのは、フィンランド・タンゴ(ってのがあるのか…!!)のCDでしたよ... もちろん、クラシックの演奏活動も続けています。

 彼のクーシスト家は、音楽家の家系で、ペッカの祖父は作曲家でオルガニスト、父はジャズ・ミュージシャン、母は音楽教師、そして兄もヴァイオリニスト兼バンド・マン、‥‥というわけで、ジャンルにとらわれない音楽の血を受け継いでいるんですね。

 フィンランド人も、アジア系遊牧民につながる東洋人種ですが、東洋風のクラシック音楽を、もうすこし聴いてみましょう↓


 

ドヴォルザーク「弦楽四重奏曲12番 ヘ長調“アメリカ”」から
第2楽章 レント
アルベン・ベルク四重奏団

 

 

ドヴォルザーク「弦楽四重奏曲12番 ヘ長調“アメリカ”」から
第4楽章 フィナーレ ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ
アルベン・ベルク四重奏団

 


 チェコの作曲家アントニーン・ドヴォルザーク(1841-1904)は、ニューヨーク・ナショナル音楽院の校長として 5年間アメリカに滞在しました。音楽院側では、新興国にはまだ不足している音楽家を育ててほしいと考え、トヴォルザークのチェコでの給料の約25倍の高給をはずんで招聘したそうです。しかし、当のドヴォルザークは、ネイティヴ・アメリカン(インディアン)の音楽や黒人霊歌の研究にもっぱら打ち込んでいて、白人音楽家の養成にはあまり熱心でなかったようです。

 それでも、この「アメリカン・カルテット」と「新世界交響曲」は、アメリカ時代の代表作で、ネイティヴ・アメリカンの民謡をとりいれています‥‥やっぱりふんいきは東洋音楽なんですね。東欧の感じもします。「新世界」のほうは、ここのメロディーがなになにのインディアン民謡…といった解説が出ているので、機会があればお聴きしましょう。

 ちなみに、チェコ語の発音は「ドヴォジャーク」。「ルザ」ではなくて、中国語の「譲(让) rang」の「RA」と同じ発音。

 






 

 

シューベルト「ピアノ三重奏曲 第2番」作品100
アンブロワーズ・オブラン/ヴァイオリン
マエル・ヴィベール/チェロ
ジュリアン・ハンク/ピアノ

 


 さて、きょうの締めは、バッハのダブル・ボウ↓で。えっ?バッハに、こんな曲があるのか‥‥と思うくらい、あの重厚でしかつめらしい巨匠には似合わない甘あまのメロディー。春の風景といっしょにお楽しみください。

 ところで、↓指揮者の「ユージン・デュヴィエ」というのは、あやや!‥いわゆる「幽霊指揮者」。ウィキによると「幽霊指揮者(Phantom Conductor)」とは、低価格CDに表示されている架空の指揮者名のことだそうです。どうやら、海賊版CDが著作権の追及をかいくぐるために表示しているらしいのです‥

 そうすると、「カメラータ・ロマーナ」というのも架空楽団か?! この楽団名でCDを検索してみると、「カメラータ・ローマン」「カメラータ・ロマーノ」「カメラータ・ルーマン」……などなど、類似のカタカナ名のCDが、出てくるわ出てくるわ... 「カメラータ・ロマーノ」って、形容詞が男性で名詞が女性、こんなイタリア語、ありえない!!

 どおりで、音はしかっりしているし、演奏も申し分ない。たぶん、どこかのレッキとした室内楽団の演奏なのでせう。。。


 

バッハ「ダブル・ヴァイオリン・コンチェルト ニ短調」BWV1043 から
第2楽章 ラルゴ・マ・ノン・タント
ユージン・デュヴィエ/指揮
カメラータ・ロマーナ


 


       春の夜

 栗の樹のなかで風が
 眠そうに羽毛をのばす
 とんがり屋根の高みから
 夕闇と月の光が降りてくる。

 なべての泉よりさむざむとざわめき出づる
 縺
(もつ)れた言い伝えの数々
 十時の鐘がそれぞれの座に着いて
 華々しくも打撃の準備を固める。

 どの庭でも月に照らされた樹々が
 音もなく寝静まる、
 円い梢
(こずえ)をざわめかす低い響きは
 美しき夢の吐息。

 ぼくは熱くほてったヴァイオリンを
 ためらいがちに腕から下ろす
 青い大地を見はるかして佇
(たたず)
 夢み、恋焦がれ、そして沈黙する。



 

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