千年前のある時に
おさえようのない旅心をいだいて
わたしは砕け散った夢から起き上がる
まだひそやかに夢のうたが
夜の竹藪に囁きかけている
しずかに横たわってはいられない
古い軌道から外れ限りない彼方へと
突進してゆく、飛んでゆく
わたしをなにかが旅立たす
千年前のある時に、ひとつの
故郷(ふるさと)があり、園(その)があった
鳥たちの墓場の花壇
雪のなかでクロッカスが咲いていた
わたしを限るこの縛(いまし)めをうち破り
鳥のつばさを広げたい
そら高く、わたしの眼にはいまも耀く
あの金色(こんじき)の時たちへ
↑1961年12月、ヘルマン・ヘッセが亡くなる半年前の作です。いまごろは、1000年前にタイムスリップして、吟遊詩人になっているかもしれませんねw しかし、1000年前には、どんな音楽があったのでしょう? 東洋と西洋、各1曲ずつ聴いてみたいと思います。さいわい、日本もドイツも、古い音楽の研究復元は、まわりの国々よりも進んでいるようです。
まず、日本ですが、1961年の1000年前と言えば、10世紀。平安時代には「催馬楽(さいばら)」という、民謡などを雅楽にした歌がさかんだったそうです。それらは、平安末期~鎌倉時代には楽譜に記録されて伝えられました。その古楽譜を研究して「催馬楽」の雅楽を復興したのは、江戸時代。もっとも、雅楽や、その流れをくむ「催馬楽神楽」などは、かなり近世音楽の影響を受けてしまっているでしょうね。
↓この音源は、1177年の『仁智要録』に基く『玉堂琴譜』(1791年 浦上玉堂)によって演奏しています。玉堂は、中国伝来の七絃琴を手に入れて、水墨画の制作と古琴の演奏――風流三昧の生活を送ったそうです。なので、この演奏も中国の七絃琴によるものです。画面に『玉堂琴譜』の楽譜が出てきます。へ~、漢字みたいな記号で書かれた楽譜なんですねえ‥‥
「催馬楽《梅枝(うめがえ)》」
秋月/中国古琴
新潟県十日町市にてライヴ
おつぎは西洋。『カルミナ・ブラーナ』は、南ドイツの修道院で発見された 11-13世紀の歌曲集。遍歴学生や吟遊楽人が作って歌っていた歌詞をまとめたものだそうです。一部の歌詞には楽譜も付いています。崩れた感じのラテン語や、古いドイツ語で書かれた“ざれ歌”のたぐいです。
↓この歌などは、酒の神バッコスとワインを讃美して、飲めや歌えの大合唱。転生したヘッセは、このあたりの連中に混じってるのかな?
「 Bache, bene venies (ようこそ、バッコス)
ようこそ、バッコス
敬愛なるお方よ、お待ちかねだ
われらの心を
喜びで満たすお方。
(合唱)ワイン、よきワイン
好きなだけ飲みほせば
人は高貴になり、清くなり
活気を取り戻す。
この刳り抜きの木の杯(さかずき)は
大酒呑みのために溢れるばかり
これを賢く飲みほす者は
なみなみと注がれて愉快になる。
(合唱)ワイン、よきワイン
好きなだけ飲みほせば
人は高貴になり、清くなり
活気を取り戻す。
〔………………………〕」
『カルミナ・ブラーナ』11-13世紀,南ドイツ
から「Bache, bene venies」
フィリップ・ピケット/指揮
ニュー・ロンドン・コンソート
さて、以上で今夜は終りっ‥‥ではあんまりあっけないので、もう少し音楽を聴いておきます。
ヘッセの↑上の詩の情景を思い浮かべられるような音楽は、何かないか?‥‥ということで、いろいろ考えてみたんですが、↓こんなのは、いかがでしょう? 独断と偏見もいいとこですがw、ギトンには、チャイコフスキーのこのシンフォニーが、「千年前」の花園へ羽ばたいて行こうとするような、もう心の奥底からの抑えがたい衝動をですね、思わせるんですよ。。。
チャイコフスキー「交響曲第5番」
第1楽章 アンダンテ - アレグロ・コン・アニマ
イェフゲーニィ・スヴェトラノフ/指揮
ソビエト国立交響楽団
↑指揮者の選び方も独断なんですが、スヴェトラノフのチャイコフスキーは、わりと気に入っています。ロシア民族色豊かで、しかも爆演!!w Youtube で演奏時間を比べてみると、どの曲でもスヴェトラノフがいちばん速いです。快速、しかも歯切れがよい。交響楽てより、進軍マーチwに聞こえることも、まま無きにしもあらずですが、細やかな情感のいくらかは犠牲になっても、このドドーン!バシャーン!…ノリの良さと激しさには応えられないんですねえ。。。
そういうわけで、いちばんの聴きどころは第4楽章――フィナーレなんですが、残念なことに、スヴェトラノフの指揮した第4楽章の音源は、録音があまりよくないんですね。そこで、もっと最近の指揮者‥マリインスキー・シアターのゲルギエフで聴いてみます。ゲルギエフも、速度は十分に速いです。
スヴェトラノフの爆演は、近々また聴いていただく機会があると思いますから...
チャイコフスキー「交響曲第5番」
第4楽章 フィナーレ, アンダンテ・マエストーソ - アレグロ・ヴィヴァーチェ
ヴァレリ・ゲルギエフ/指揮
マリインスキー劇場管弦楽団
耳を傾けて
やさしい響きが、ういういしい吐息が
灰色の日をわたる
鳥の羽ばたきのようにおずおずと
春の香りのように仄かに。
生まれたての朝の時間から
なつかしい想いが吹きよせる
海に降る銀のシャワー
おののいて過ぎてゆく。
きょうからきのうへと明るくひらかれて
忘れ去っていた世界が近づいてくる
前世が、御伽話(メルヘン)の時が
ひろびろとした園(その)が、そこにある。
千年のあいだ眠っていた
わたしの太古の予感がきょう目覚めたのか
それがいまわたしの声となって語り
わたしの血のなかで温められているのだろうか。
もう戸外(そと)には使者が立ち
すぐにも入って来るらしい
きょうの日が終るより早く
わたしは帰還(もど)っているだろう。
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