オルガン演奏 (承前)
じっと座って演奏するオルガニスト、
聴衆は感動に心をひらき、喜びいさんで
その定律を追い、天使のたしかな導きに従う
輝いて揺れ、舞い上がる神聖な共謀者たち
築かれゆく感銘の聖堂
畏敬のまなざしに映る神の御姿(みすがた)
三位一体を無邪気に信じきって翼賛する。
こうして妙(たえ)なる響きのうちに会衆は
解き放たれ、一体となり、秘跡によって浄められ
肉体を脱ぎ捨てて、神と合一する。
とはいえその完璧さもこの世では束(つか)のま、
戦争はあらゆる平和の裡(うち)に
滅びは美の裡に、種子(たね)を宿す。
オルガンが鳴り、丸天井に響きわたり
音に誘われて新たな人びとが訪れる
しばし休らいで祈りをささげるために。
古びた音響の建築物はいよいよ
敬虔さと精神と喜びにあふれかえって
パイプの森から伸びあがってゆくそのときに
外では、世界を塗替え魂を
変貌させる数々のできごとが起きている。
いまやって来るのは異なった人びと
異なった若者が育っている;かれらにとって
この伽藍のしらべ、信心深くも錯綜した旋律は
もうそれほど信頼のおけるものではない、
その神聖な美しい響きは、いまや古めかしい
ごてごてした唐草模様と聞こえるのだ
かれらを支配するのは新たな欲動、この耄碌した
楽師たちの窮屈な規則に煩わされようとは
思わない、かれらの種族は忙(せわ)しない、世界には
戦争が行われ、飢餓は荒れ狂う。
この新しい会衆がオルガンの響きに
聴き入るのは僅かの間(ま)、どんなに
美しくまた深遠に響こうとも、それは
甘やかされた、悠然たる坊さんの音楽でしかない、
かれらは他の音を欲する、他の祭りを祝う;
この豪勢に構築された、高尚このうえない音の束が
遠慮がちに差し出す仄かなインスピレーションも
かれらにとっては、あまりにも多くを要求する
口うるさい小言に感じられる。人生は短い、
じっとがまんして、こんな混み入った音楽に
かかずりあっている場合じゃない。
聖堂の中で耳を傾け、体験を共にしたおおぜいの
人びとは、もうほとんど残っていない。
ひとりまたひとり、腰を屈(かが)め、
年老いて疲れ、小さくなり、若い世代を
裏切者のように罵りながら立ち去ってゆく、
絶望して黙り、先祖の列に身を横たえる。
そして聖堂に足を踏み入れる若者たちは
神聖なふんいきを感じるが、もはや祈りも
トッカータに耳を傾けようともしない、
かつて町の中心だったその寺院は
ほとんど人かげもなく太古の遺物のように
街路の喧騒の中から聳え立っているのだ。
↑まだ終りではありません。まだまだ続きます。長い、長い‥‥ しかも、きょうの部分は、全然区切りのない一つづきの節なんですよね。
“起-承-転-結”で言うと、“転”にあたる部分のようです。
西洋の人たちにとっては、過去の遺産というものが、とほうもなく巨きな価値の集積となって、若い世代の背後にもうず高く積み重なっているのが感じられます。それに比べたら、私たちなどは、吹けば飛ぶような危うい自国の伝統に、無理をしてしがみついているようにさえ思われるのです。
さて、今夜のオルガン曲は、そのうず高い重厚さに、ちょっと一息入れてみたいと思います。
前にも少し触れましたが、バッハのオルガン曲で頂点に達するような、錯綜した多声、“ポリフォニー”の音楽は、おもにアルプスの北側で発達したもの。イタリアなど、アルプスの南側では、むしろ単旋律の“モノフォニー”が中心でした。
代表はヴィヴァルディではないかと思います。ヴィヴァルディの、あの地中海の空のように澄みきった明るい音楽を思い浮かべていただきたいと思います。
↑ヘッセの詩にもあるように、バッハの音楽は、教会のオルガン演奏のおかげで、しだいに廃れながらも 20世紀まで生き永らえたわけですが、ヴィヴァルディなど、バロックの他の作曲家は、もう誰も演奏しなくなり、まったく忘れ去られてしまったのです。各地の古い図書館や修道院の書庫に眠っていたヴィヴァルディの楽譜が“発見”されたのは、20世紀初めころ。しかし、代々のオルガニストが演奏のしかたを伝えていたバッハとは異なって、ヴィヴァルディの楽譜は、これはいったい、どう弾いたらいいんだろう?‥というあたりから、研究と演奏が始まったのだそうです。
さいわいに、バッハが編曲してまとめた『ヴィヴァルディに倣う(nach[after] Vivaldi)オルガン協奏曲集』というものが伝わっていて、これは知られていました。再発見されたヴィヴァルディの楽譜の中に、バッハが編曲した元の曲らしいもの―――こちらは弦楽合奏の協奏曲――も出てきました。
そこで、最初のうちは、ヴィヴァルディの曲は、バッハ風に演奏されていたようです。バッハ風に演奏しても、やはりまったくバッハとは違う、地中海の光あふれる明るい曲風はれっきとしていて、いままでに聴いたことのない新しい音楽が、そこにありました。
こうして、ヴィヴァルディはじめ、バロックの古い音楽家たちが、20世紀の演奏会で復活するようになりました。とくに、戦後は『イ・ムジチ合奏団』のレコードが、ヴィヴァルディの普及に一役買い、協奏曲「四季」などは誰にでも知られたナンバーになったわけです。
しかし、最近になると、バッハやクラシックの演奏家に影響されたヴィヴァルディの弾き方は、じっさいのヴィヴァルディの当時の音楽と違うんじゃないか?‥と主張する人たちが現れて、ここ十年あまり、ヴィヴァルディについては、斬新な演奏をする楽団が、だんだん増えてきました。↓のちほどお聴かせする『イル・ジャルディーノ・アルモニコ』は、その代表です。
ここ数年の間に、彼らのファンはずいぶん増えたようですね。数年前は、クラシック音楽界からクソミソに貶されていた、この新しい潮流も、今では市民権を得たようです。ユーチューブを見る限り、彼らのような新しい演奏スタイルのほうが、むしろ主流になった観があります。
それでは、バッハの『ヴィヴァルディに倣うオルガン協奏曲集』から一曲:
バッハ『オルガン協奏曲 ハ長調』BWV 594 から
第1楽章 アレグロ
エレーナ・ヴァルシャイ/オルガン
真四角に伐られた巨大な石材を積み上げて、天空へとどこまでも伸び上がってゆくゴシックの聖堂を見る思いです。
そこで次に、ヴィヴァルディのもとの曲↓を聴いてみます。演奏は『イル・ジャルディーノ・アルモニコ』。こちらは、「ムガール大帝」という曲名がついています。真ん中でヴァイオリンを弾いているスキンヘッドのおじさんが、ムガール大帝?!‥‥いえいえ、それは冗談です。
ヴィヴァルディ「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調」RV 208
“ムガール大帝”
エンリコ・オノフリ/ヴァイオリン
ジョヴァンニ・アントニーニ/指揮
『イル・ジャルディーノ・アルモニコ』
オノフリのヴァイオリンが、すごいですよね。『イル・ジャルディーノ・アルモニコ』は、もともと、指揮をしているジョヴァンニ・アントニーニ―――楽器担当はリコーダー―――と、リュートを弾いているルカ・ピアンカが始めた楽団なんですが、あとから加わったこのスキンヘッドのおじさんが、いまではすっかり楽団の“顔”になってしまいました。それでも、オノフリは時々、ほかの楽団にも客演していて、そちらでもやはり一座の中心になって大見得を演じているのを見かけます。
『ヴィヴァルディに倣うオルガン協奏曲集』から、もう一曲。今度は、神秘的な序奏からはじまります。後半はフーガ:‥バッハお得意の複雑錯綜した“追いかけっこ”の境域に引き込まれていきます:
バッハ『オルガン協奏曲 ニ短調』BWV 596 から
第1,2楽章 アレグロ - グラーヴェ - フーガ
ニコロ・サリ/オルガン
↓ヴィヴァルディのもと曲のほうは、音源が2部に分かれていますが、つづけて聴いてください。
後半のフーガの部分、バッハの、あの大理石の伽藍に押し込められるような・こんぐらがった感じでなく、ヴィヴァルディだと、なんだか、みんなで踊ってるような楽しいふんいきになるのが面白いと思います。
ヴィヴァルディ『合奏協奏曲 ニ短調』RV 565 から
第1楽章(1) アレグロ - アダージオ・エ・スピッカート
フェデリコ・グリエルモ/ヴァイオリン
『ラルテ・デ・ラルコ』
ヴィヴァルディ『合奏協奏曲 ニ短調』RV 565 から
第1楽章(2) アレグロ - アダージオ
ロラ・ヤーノシュ/ヴァイオリン
ロヴァシュ・ジェルジ/ヴァイオリン
『フランツ・リスト室内管弦楽団』
ヴィヴァルディの・この RV565 の中間楽章は「シチリアーノ」の別名で有名なんですが、それよりも終楽章を聴きたいので、飛ばしますw
バッハのほう、思いっきり聴いても精神の負担が少ないようにw、現代風の速い演奏を選びました。それでも、伽藍のステンドグラスに砕ける光の束が見えるようです。
そのあと、ヴィヴァルディのもと曲で、ヴァイオリンの妙技に聴き入ってください。この↓『コンチェルト・ケルン』という楽団、知らなかったんですが、コンテンポラリーな整った演奏がすばらしい。ウィキを見ると:
「ドイツのケルンに本拠を置く古楽器オーケストラである。
1985年に設立。設立当初より常任の指揮者は置かず、〔…〕楽団の運営や曲目の選定は楽員たちで行うなど自主的な活動を行なっている。
代表的なレコーディングは、ヴィヴァルディや J・S・バッハの作品集、メンデルスゾーン〔…〕。ヘンデル、グルックのオペラやモーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』、シュタイアーのフォルテピアノ独奏でモーツァルトのピアノ協奏曲集などがある。」
これだけしか書いてありません。ドイツ語版を見ると:‥前々回聴いた「ゴセックのガヴォット」のフランソワ-ジョゼフ・ゴセックをはじめとする「忘れられた作曲家たち」の作品の再発掘に貢献してきた。「グラミー賞」「ドイツ・レコード批評賞」「国際オペラ賞・全曲収録部門」などを獲得しているそうです。
日本であまり知られていないのは、古楽と古いオペラに中心をおいているせいかもしれませんが、現代的で、なじみやすい演奏スタイルです。もっと注目されてよいと思いました。
バッハ『オルガン協奏曲 ニ短調』BWV 596 から
第4楽章 フィナーレ
ウォルフガング・リュプザム/オルガン
ヴィヴァルディ『合奏協奏曲 ニ短調』RV 565 から
第3楽章 アレグロ
『コンチェルト・ケルン』
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