砕く人
私の魂はひび割れてしまった。
――ボードレール『悪の華』
鏡をこなごなに壊してしまった
世界の旅人よ
時空を旅する人よ
いまあなたの前で
無数のするどい破片が砕け散り
それはあらゆるほうを向いているから
ある破片にはあなたが映る
ある破片にはわたしが映る
そのもっとも微小な破片には
あなたのうしろのすべての世界が映る
世界を映す鏡を割ってしまったあなたは
なんと良いことをしたのだろう
鏡の向うで世界の隅々に延びていた
あの淫靡な動脈も
あの傲慢な太陽も
すべては破砕された
いまあなたの前の無数の破片には
大地もそらもインドの大河も映らない
それら微小な破片の向うには
まだ誰も訪ねたことのないあらゆる奇怪な風景が映り
あなたを映す鏡にわたしは映らない
わたしを映す鏡にあなたは映らない
世界を映す鏡の向うにはあなたもわたしも存在しないのだが
あなたの前の無数の破片の向うには
あなたもわたしも世界も妖精も住んでいる
こうしてあなたは
疲れたからちょっと腰かけるとでも言うように
世界を所有した。