播く人
わたしが種を撒く夜は
月が出ていることでしょう
虫が鳴いてることでしょう
わたしが種を播く朝は
地にいちめんの霧がただよい
あなたは落粒の音だけを聞く
わたしは作物の種を撒くまい
初めの春に一粒の芽も出なければ
花も麦も育つことはないのだから
わたしは雑草の種を撒く
わたしは極北の草を撒く
凍土の底に種を埋め
土緩む日まで待ちましょう
春が来るたび待ちましょう
凍てついた沼から靄が上がるように
煮え沸る河から湯気が漂うように
樹々は燃え華は飛ぶ
地の底から噴き揚げる透明なほむら
凍土をうるおす大地の蜜
わたしは老いた小楢の肌膚に耳をあて
森の厳かな唸りを聴く
梢の露が
涙のように降りそそぐとき