こういう時代
こういう国で
誰もがあきらめずに
やはり幸せは求めているわけなのです・・・

中国ではDNAベビーが誕生し
自然分娩でさえなくなることも見えている時代でも
やはり一つの結実につながるよう
夢と希望をもちながら現実と折り合いをつける努力はしていると思います。

もちろんわがアニソン歌姫重鎮にしてご意見番となられた
姫でさえ相手はわからなくてもご結婚を考えることが度々あったことは
今回の述懐からもわかると思います。

男女平等、同権
個の時代

最後究極の選択でどちらかを選ばなければいけないのであれば
姫のような宿命といいますか
与えられた仕事や期待があれば
それは仕事を選択するのはやむを得ないことだと思います。

姫としてはもちろん大変な中で子育てと両立するから仕事を続けたいという言葉はあったのでしょうけれどもそこは触れていません。

結婚というよりはやはり「家に入ってほしい」というところがNGだったんでしょうね☆

そんなことを踏まえながら
読んでみてください。

読売新聞記事です(^_-)-☆




歌手森口博子さん50

50歳餞になる前日、50という数字が、とてつもなく大きく感じて涙がでました。たくさんの方々の支えで生かされてきたんだなっていう思いと、4歳から「歌手になる」と言っていたその夢の中を生きることができて幸せだな、まだこれからだなっていう思いと、おや?ひとりだぞ?っていう。

福岡の実家にいたんですけど、嫁いだ姉とかめいっ子とかみんなが「ひろちゃんおめでとー」って、ブーケとプレゼントを持ってきてくれたんです。居心地のいい家族とおいしいねってご飯を食べられる幸せをかみしめて、「でもこれは永遠じゃないんだな」って思ったら涙があふれちゃった。

中学、鳥校のときは、24歳で結婚したいと思ってたんです。デピユーして24になったら「30代くらいで」。
30代は経験が仕事に生かされてきた時期で、結婚なんてありえないと。

40代で、ま、いつかするかな、ぐらい。
40代後半になって、しといたほうがいいよねって、まわり見渡したときに、あれ?って。遅い!(笑)

私がいいなと思ってプロポーズしてくれた方はみんな、仕事やめてほしいって。
でも、これだけ積みあげてきたものを乱されたくないって思いました。
仕事続けてもいいっていう男性、たぐさんいるよって言ってもらうんですけど、私がひかれる方は、そういう方ぼっかりで。理想と自分の現実のバランスが悪いんですよね。うーん。

理想の自分をいつもイメージしなさいっていう母の教えがあったので、「歌手になりたい」じゃなくて「絶対なる」と思ってました。

「コンサートがしたい」じゃなくて「する」。
全部それで現実になってるんですけど、結婚だけが思い描けてないっていうか(笑)。

高校卒業の時「才能がないから福岡に帰したほうがいい」って言われ、「なんでもやらせてください」ってお願いしてバラエティーの仕事をいだぼきました。歌につながると思って全力でやりました。それは今も変わりません。

最近は、積み重ねてきた仕事がひとつひとつ結果につながっていっています。
デビュー曲が「機動戦士Zガンダム」のテーマソングだったんですけど、去年、NHKの「全ガンダム大投票40TH」でガンダム40年の360曲以上あるテーマソングから、私のデビュー曲が1位に。
泣けちゃいました。

新曲もレコチョク(音楽配信サービス)で1位に。
ありがたいです。

音楽が生命線。
ライブが最大の居場所です。
ファンのみんなが、17歳の声より、今の大人の声の歌唱力が好きって言ってくれるのがボーカリスト冥利に尽きる。
聴く人の生きる力につながる、生涯発展途上の歌手でありたいです。

つらいことも乗りこえてきた自分を信じて、次のチャンスにちゃんと表現できる強い自分で準備していたい。話してて、気合が入ってきました(笑)。