様々な角度から 〝フラメンコとは何なのか″ を探求し続けてきたスぺインの偉大なるギタリスト'カニサレス'。

ここ数年はもっばら、ファリヤやアルベニス、グラナドスといった母国のクラシック系作曲家たちの作品の録音を通して、フラメンコの本質と新しい可能性を探ってきたわけだが、最近出たニュー・アルバム’洞窟の神話’は、久しぶりにフラメンコに真正面から取り組んだ作品となった。

洞窟の神話洞窟の神話
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とはいっても、そこに収められたオリジナル曲群は当然、近年のクラシック音楽研究の成果がしっかり結実したものとなっている。

様々な点でヒターノ(スペインジプシー)たちが演奏する通常のフラメンコとは、.一味も二味も違うのだ。

フラメンコの神髄を独自の視点で検証してきた男の、現時点での中間決算報告書と言っていいだろう。

¶-今回久しぶりのフラメンコ・アルバムですね。

カニサレス (以下C) 私は常に、自分の内面にあるものを表現したいという欲求を抱いてきたが、今回、機が熟し、新しいカニサレスというものを自分で構築しなくてはならないという使命感に駆られた-‥・そんな感じかな。

¶-まさに”機が熟した″という言い方がぴったりだと感じますが、『イマンとルナの夜 (Noches de lman y Luna)』(1997)や『魂のストリング(Cuerdas Del Alma)』(2010)など、過去に作ったフラメンコ・アルバムとこの新作の大きな違いはなんでしょうか。

C 私が最初のソロ・アルバム 『イマンとルナの夜』を出したのは32才の時だった。



そこでは、私がフラメンコ・ギターを始めた時からそれまでに吸収した全てを放出した。
コンセプトがどうこうというよりも、持っているもの全てを吐き出した感じの作品だ。
そして、「魂のストリング」では、いろんな人に受け入れてもらうための音楽を目指したと言っていい。



それはそれで、1つの成功を収めたと自分では思っている。

でも今、50才を超えて年齢的にも成熟し、多くの人たちに気に入ってもらえるような作品にしなくてもいいのでは--と思えるようになった。誰にも気に入ってもらえなかったとしても、それはそれでいい、自分が納得いくものを作れれば満足だ、と。今作では、様々な不安が全て消えて、自分のやりたいことを完全にやれる環境になれたことが.番大きかったと思う。


¶-クラシック音楽の研究を通して、フラメンコに関する新たな発見もたくさんあったんでしょうね。

C フラメンコというのは、比較的若い音楽だ。
今の形のような音楽として認識されるようになってせいぜい200年程度だが、だからこそ、まだ多くの可能性を秘めている。
フラメンコはクラシック音楽とは違い、口承伝統文化だったので、その範囲の中での小さな成長はあっても、外部のセオリーなどを取-込んだ成長はほとんどなかった。
そこに私は大きな可能性を見出しているんだ。たとえば、クラシック音楽との比較で見ると、フラメンコには転調がないけど、私はこの新作の自作曲では転調をたノ1さん用いた( フラメンコの伝統を損なわないようにしつつ新しい要素を取り込んでゆくことが自分の役割なんじゃないかと思っているんだ。

¶-あと、今作では、特にハーモ二-や音色の斬新さも印象深いですね。スペインやフランスの近代クラシック音楽に通ずる高度かつ鮮やかなハーモニーが随所で聴けます。

C ハーモニーに関してはすごくこだわりがあり、もっと手を加えてゆきたいと思ってきたし、実際本作ではそこに全精力を注ぎこんだと言っても過言ではない。自分が目指していたものをそのまま感じとってもらえたことは、作り手としてすごくうれしいよ

¶-あなたは80年代から約30年にわたりプロのギタリストとして活動してきましたが、その間、フラメンコはどういった点で変化や進化をしてきたと思いますか。

C 80年代~90年代と現在のフラメンコを比較して、明らかに変化したと思うのはリズムだね。リズムは最初からフラメンコの最も大事な要素だったと思うが、たとえばシンコペイションとか、更に複雑なシンコベイションのシンコペイションみたいなものが多用されるようになったのがここ数年のことなんだ。リズムの複雑さという点では、8 0年代に比べ、飛躍的に進化している。その背景には、テクノロジーの発達がある。コンピユーター・ソフトを使って誰でも新しいリズムを体験したり作ったりすることができるようになったから。
しかし一方で、ハーモニーの面では80年代と変わらない。
だからこそ、さっきも言ったように、そこに手を加えたいと思ってきたんだ。


¶-『洞窟の神話』というアルバム・タイトルは、プラトンの有名な「洞窟の比喰」から採られたようですが、これまでの人生で、洞窟の壁に映った影 (-伝統的フラメンコ)だけを徹底的に追究しようと考えたことはなかったんですか。

C 私はまさに洞窟(=フラメンコの伝統文化) の中で生まれた。生まれた時から影を見てきたから疑問は持たなかった。影こそが自分の根っこだ。

逆に、影を追究するというよりも、影そのものが自分の世界だったから、その中に身を置きつつも、どこに光 (外のもっと広い世界/別の音楽文化)があるんだろうかという欲求が高まり、外の世界を見に行ったわけだ。




¶-ヒターノのギタリストの多くは影だけをずっと追究しているわけですが、彼らからは、あなたのこの新作はどのように受けとられると思いますか。

C その質問に答える前にまず明言しておかなくてはならない前提がある。影の世界と光の世界、どちらが上とか下とかではない。影の世界には、そこだけにしかない素晴らしさがある。影だけを見つめてきた人たちは光の世界は知らないだろうが、心温まる作品を作れるかもしれない。光しか知らない人は、影の世界にあるような柔らかさ、温かさ、人生の機微などを表現することができないかもしれない。

優劣ではなく、それぞれ別の世界だ。という前提に立って言うが--私にとっては、両方の世界を統合することが目標であり、この新作を作るにあたっても、最大の基軸になっている。

制作段階で、影 (伝統的フラメンコしか知らないフラメンコ界の人たちから、これはフラメンコじゃないとかフラメンコと呼ぶにふさわしくないとかいった批判を受けるかもしれないなという漠然とした思いはあった。ところがスペインで今年2月に発売されるや、牛粋のフラメンコ界の人々から賞賛の電話などをたくさん受けたんだ。うれしい驚きだったよ」


¶-本作ではギターの多重録音をしていますが、それは、自分と同じヴィジョンを持つギタリストがいないので、仕方なく1人でやっているんですか。

C 自分の考えに沿ったギタリストが全然いないということではないし、すぐれたギタリストはたくさんいる。ただ、私の作品での多重録音は、3本のギターがあるという感覚ではなく 、18弦ぐらいの巨大なギターを私が一人で弾いているというイメージなんだ。ピアノの右手と左手のように。だから、一人でやっているんだ。

¶-9月にはフラメンコ・クインテットでの日本ツアーもありますが、それ以外の当面の活動予定は?

C まず、4年はホアキン・ロドリーゴの没後20周年なので、今、それに向けてロドリーゴの3部作の制作に取りくんでいるところだ。あと、(ギターとオーケス-ラのための協奏曲)も作曲中だ。これは、バルセロナ交響楽団から委嘱されたもので、タイトルは「地中海協奏曲」になると思う。

今年中に完成させ、来年は大野和士さん指揮のバルセロナ交響楽団と一緒に世界ツアーをしたいと考えている。もちろん、日本での公演も予定に入っているよ。


スペイン日本外交関係樹立150周年
カニサレス・フラメンコ・クインテット
来日公演2018


9月16日 福島いわき芸術文化交流結アリオス中劇場
9月17日 山形テルサ
9月20日 兵庫兵庫県立芸捕文化センター阪急中ホール
9月22日 静岡音楽緒AOi
     「カニサレス・フラメンコ・クインテット×福田進一
9月23日 神奈川よこすか芸術劇場
9月24日 東京三鷹市公会堂光のホール
9月26日 宮城えずこホール
9月28日 千葉船橋市民文化ホール
9月29日 東京めぐろパーシモンホ-ル大ホール
9月30日 所沢市民文化センタ-ミュース マーキーホール