ダイアモンドオンラインの記事からです。
ちょっと前までは日本にも中流なんて言葉がありました。
でも今は格差という言葉に象徴されるように
上か下かの二元的な世界に代わってしまったようです。
組織も、国家もどんどん統制が厳しくなることはあっても
ゆるくなることはない・・・
そんななかでどう身を振るか
選択によって未来が変わります。
いろんな選択がある中で
こんな選択もある・・・・という記事です。
FaceBookに多額の投資が集まるのも実はこうした予想の裏付けで
よりネットインフラが自分たちの生活に影響してくるのではないか思います。
「生活が楽にならない」と嘆く働き盛り世代
構造変化の波をまともに被るビジネスマン
最近、「生活が厳しい」という話を、40代の働き盛りの人からよく聞く。確かにそうかもしれない。1990年代初頭のバブル崩壊以降、わが国の経済は約20年間にわたって低迷してきた。その間、我々の給料はほとんど上がっていない。
90年代後半以降、企業の本格的なリストラが進み、製造業の生産拠点の海外移転やIT機器の発達によって、中間管理職に対する待遇は厳しさを増している。そうした厳しさをまともに受けているのが、40代の働き盛り世代かもしれない。
その一方で、野球などスポーツの世界では“フリーエージェント”となり、高い年俸をもらって、自分の好む球団に移籍する選手がいる。おそらく、そうした傾向はスポーツ界に留まらないだろう。
ビジネスの世界でも、他の人には真似できない技術や能力を持った人材が、一種の“フリーエージェント”となって、企業間を渡り歩いている姿がある。
経済がグローバル化し、国境の垣根が低くなることについては、おそらくこれからも大きな変化はないだろう。それに文句を言ってみたところで、始まらない。むしろ我々自身が“フリーエージェント”になるつもりで、日々を過ごすことの方が重要だ。
そうした心理は、若年層には少しずつ浸透しているように見える。彼らは、先輩連中が人生の厳しさを体感している場面を目の当たりにしており、そうした状況を避けようという気持ちが強くなっているのだろう。
今日からでも、気持ちの上で“フリーエージェント”を目指してみてはどうだろう。生き方に幅が出るかもしれない。
先進国の経済構造の変化に伴って、“中産階級の没落”というトピックが取り上げられることが多い。そして多くの議論が、「“中産階級の没落”の動きを止めることはできない」と結論付けている。
その結論は正しいだろう。早い段階で、高い経済成長の恩恵に浴してきた先進国の賃金水準は、相対的に高くなっている。一方、これから高成長期を迎える新興国の賃金水準は、相対的に低い。
ビジネスのあらゆる場でニーズが消滅?
もう元には戻らない“中産階級の没落”
経済がグローバル化して、生産拠点の立地がそれほど重要ではなくなり、しかも差別化の少ないコモディティ型の製品の割合が高まると、当然、多くの企業は低い人件費を求めて新興国へと生産拠点を移転することになる。
その結果起きることは、賃金水準の国際的な平準化=“生産要素価格収斂の法則”に従って、相対的に高い賃金水準の国の給与が下がる一方、低い国の給与は上がり、最終的には賃金水準が世界的にほぼ均一の点に収まるのである。
この考え方によると、わが国をはじめ賃金水準の高い先進国では、もう給料は上がりにくいことになる。
またIT革命で、情報・通信機器が飛躍的に発達したため、実際にモノをつくるワーカークラスと企業の経営責任者は、直接コミュニケーションをとることが可能になる。
たとえば、かつてマイクロソフトのビル・ゲイツ氏は、インターネットで直接多くの従業員と日々コミュニケーションをとっていた。そうなると、従業員と経営者の間をつなぐための中間管理者は必要なくなる。
そうした傾向は経営学の分野でも取り上げられ、中間管理層をなくした“フラット”な経営組織を構築して、経営者と従業員、さらには顧客との情報の齟齬を減らすことに、かなりのエネルギーが割かれたことがある。それは、まさに“中産階級の没落”を加速する方向に作用することになる。
それでは、社会の中で居所が狭まる中産階級はどうしたらよいだろう。何もせず、“座して死を待つ”のは得策でないことは明らかだ。
座して死を待つか、上を目指すか――。
自分を活かす“フリーエージェント”の極意
その場合、おそらく2つの選択肢があるだろう。1つは、自分のポジション下がっていくことを容認して、経済的なメリットを放棄することだ。
そこでは、経済的なメリットに代わる他のメリットを見つけ出すことになるはずだ。社会が複雑化し、人々の価値観が多様化している現在、経済的な価値以外、たとえば、音楽や芸術、あるいは帰農といった人生の価値を見つけることは、相応の重要性を持つ。
もう1つは、社会の中で中産階級が没落してゆくベクトルに逆らって、上を目指す行動だ。そうした動きを実現するための1つの考え方が、“フリーエージェント”を目指すことと言える。
“フリーエージェント”の極意は、単一の組織などに固執することなく、ある意味で自由に居所を変え、役割を変えて生きることだ。そのメリットは小さくない。現在のように社会全体が急激に、しかも大きく変化していると、1つの組織に従属していることが危険ですらあるからだ。
たぶん多くの人は、「そんなことができるのか?」と疑問を持つことだろう。しかし考えようによっては、意外と簡単に、少なくとも気分的にはそうした意識を持つかことができる。
今、特定の組織の中で役割を果たしているということは、相応の技術やノウハウを毎日蓄積していると考えられる。その技術やノウハウをさらに磨けば、当該組織の存続が怪しくなったとき、他の組織に自分を売ることができるはずだ。
また、“フリーエージェント”に対するしっかりした意識があれば、日頃の上司からの嫌味などを聞き流すことができる。共通の意識や専門性を生かして、組織の外の人たちと交流することで世界は広がり、“フリーエージェント”の輪を拡大することも可能だ。それは長い人生にとって、組織内の昇格や昇給に勝る要素だ。
組織の歯車から抜け出して輝く人も
“フリーエージェント”は生き方を変える
つい最近、大手企業を退職してコンサルタントをしている人と話をした。彼は30年以上大手商社に勤務し、中間管理者まで上り詰めた。専門は工作機械を輸出することだった。長年世界中を飛び回り、日本製の工作機械を売ることが仕事だった。
その彼が独立して、今は商社勤務時代と同じように、日本製の機械を海外に輸出する仕事に精を出している。商社時代と最も違うところは、大きな儲けを考えなくてもよいことだという。
大手商社だと、ある程度の規模の輸出にならないと採算ラインには乗らなかった。ところが今は、「自分1人と秘書の給料が出ればよい」という割り切りがあるため、たとえ小さな規模であっても、輸出案件をまとめることができる。
大手商社時代の彼は、組織の一員としてまさに「歯車の1つ」に過ぎなかった。ところが今は、一国一城の主であるため、好きなように商売ができる。世界中どこにでも行って、日本製の機械を必要とするところに供給することができる。
輸出案件が成立すると、製作元である国内の中小工作機械メーカーからは感謝され、輸出先の人々からは喜ばれ、そうした人たちと「肌と肌の付き合い」ができる。その福音は大きい。
もちろん、誰もがすぐに“フリーエージェント”になれるわけではない。しかし彼のように、いつも意識の中で「いつかは“フリーエージェント”になる」という考えを持っていれば、将来一人前の“フリーエージェント”になることは夢ではないはずだ。
人とのつながり、特に組織の外の人たちとの交流を大切にしていれば、いつか必ず、有効なネットワークができる。最近、ネットワークに関する研究が進んでいるが、人とのつながり=ネットワークが、これからさらに重要性を増すことだろう。
一人前の“フリーエージェント”とは、ネットワークを上手く使える人なのかもしれない。
ちょっと前までは日本にも中流なんて言葉がありました。
でも今は格差という言葉に象徴されるように
上か下かの二元的な世界に代わってしまったようです。
組織も、国家もどんどん統制が厳しくなることはあっても
ゆるくなることはない・・・
そんななかでどう身を振るか
選択によって未来が変わります。
いろんな選択がある中で
こんな選択もある・・・・という記事です。
FaceBookに多額の投資が集まるのも実はこうした予想の裏付けで
よりネットインフラが自分たちの生活に影響してくるのではないか思います。
「生活が楽にならない」と嘆く働き盛り世代
構造変化の波をまともに被るビジネスマン
最近、「生活が厳しい」という話を、40代の働き盛りの人からよく聞く。確かにそうかもしれない。1990年代初頭のバブル崩壊以降、わが国の経済は約20年間にわたって低迷してきた。その間、我々の給料はほとんど上がっていない。
90年代後半以降、企業の本格的なリストラが進み、製造業の生産拠点の海外移転やIT機器の発達によって、中間管理職に対する待遇は厳しさを増している。そうした厳しさをまともに受けているのが、40代の働き盛り世代かもしれない。
その一方で、野球などスポーツの世界では“フリーエージェント”となり、高い年俸をもらって、自分の好む球団に移籍する選手がいる。おそらく、そうした傾向はスポーツ界に留まらないだろう。
ビジネスの世界でも、他の人には真似できない技術や能力を持った人材が、一種の“フリーエージェント”となって、企業間を渡り歩いている姿がある。
経済がグローバル化し、国境の垣根が低くなることについては、おそらくこれからも大きな変化はないだろう。それに文句を言ってみたところで、始まらない。むしろ我々自身が“フリーエージェント”になるつもりで、日々を過ごすことの方が重要だ。
そうした心理は、若年層には少しずつ浸透しているように見える。彼らは、先輩連中が人生の厳しさを体感している場面を目の当たりにしており、そうした状況を避けようという気持ちが強くなっているのだろう。
今日からでも、気持ちの上で“フリーエージェント”を目指してみてはどうだろう。生き方に幅が出るかもしれない。
先進国の経済構造の変化に伴って、“中産階級の没落”というトピックが取り上げられることが多い。そして多くの議論が、「“中産階級の没落”の動きを止めることはできない」と結論付けている。
その結論は正しいだろう。早い段階で、高い経済成長の恩恵に浴してきた先進国の賃金水準は、相対的に高くなっている。一方、これから高成長期を迎える新興国の賃金水準は、相対的に低い。
ビジネスのあらゆる場でニーズが消滅?
もう元には戻らない“中産階級の没落”
経済がグローバル化して、生産拠点の立地がそれほど重要ではなくなり、しかも差別化の少ないコモディティ型の製品の割合が高まると、当然、多くの企業は低い人件費を求めて新興国へと生産拠点を移転することになる。
その結果起きることは、賃金水準の国際的な平準化=“生産要素価格収斂の法則”に従って、相対的に高い賃金水準の国の給与が下がる一方、低い国の給与は上がり、最終的には賃金水準が世界的にほぼ均一の点に収まるのである。
この考え方によると、わが国をはじめ賃金水準の高い先進国では、もう給料は上がりにくいことになる。
またIT革命で、情報・通信機器が飛躍的に発達したため、実際にモノをつくるワーカークラスと企業の経営責任者は、直接コミュニケーションをとることが可能になる。
たとえば、かつてマイクロソフトのビル・ゲイツ氏は、インターネットで直接多くの従業員と日々コミュニケーションをとっていた。そうなると、従業員と経営者の間をつなぐための中間管理者は必要なくなる。
そうした傾向は経営学の分野でも取り上げられ、中間管理層をなくした“フラット”な経営組織を構築して、経営者と従業員、さらには顧客との情報の齟齬を減らすことに、かなりのエネルギーが割かれたことがある。それは、まさに“中産階級の没落”を加速する方向に作用することになる。
それでは、社会の中で居所が狭まる中産階級はどうしたらよいだろう。何もせず、“座して死を待つ”のは得策でないことは明らかだ。
座して死を待つか、上を目指すか――。
自分を活かす“フリーエージェント”の極意
その場合、おそらく2つの選択肢があるだろう。1つは、自分のポジション下がっていくことを容認して、経済的なメリットを放棄することだ。
そこでは、経済的なメリットに代わる他のメリットを見つけ出すことになるはずだ。社会が複雑化し、人々の価値観が多様化している現在、経済的な価値以外、たとえば、音楽や芸術、あるいは帰農といった人生の価値を見つけることは、相応の重要性を持つ。
もう1つは、社会の中で中産階級が没落してゆくベクトルに逆らって、上を目指す行動だ。そうした動きを実現するための1つの考え方が、“フリーエージェント”を目指すことと言える。
“フリーエージェント”の極意は、単一の組織などに固執することなく、ある意味で自由に居所を変え、役割を変えて生きることだ。そのメリットは小さくない。現在のように社会全体が急激に、しかも大きく変化していると、1つの組織に従属していることが危険ですらあるからだ。
たぶん多くの人は、「そんなことができるのか?」と疑問を持つことだろう。しかし考えようによっては、意外と簡単に、少なくとも気分的にはそうした意識を持つかことができる。
今、特定の組織の中で役割を果たしているということは、相応の技術やノウハウを毎日蓄積していると考えられる。その技術やノウハウをさらに磨けば、当該組織の存続が怪しくなったとき、他の組織に自分を売ることができるはずだ。
また、“フリーエージェント”に対するしっかりした意識があれば、日頃の上司からの嫌味などを聞き流すことができる。共通の意識や専門性を生かして、組織の外の人たちと交流することで世界は広がり、“フリーエージェント”の輪を拡大することも可能だ。それは長い人生にとって、組織内の昇格や昇給に勝る要素だ。
組織の歯車から抜け出して輝く人も
“フリーエージェント”は生き方を変える
つい最近、大手企業を退職してコンサルタントをしている人と話をした。彼は30年以上大手商社に勤務し、中間管理者まで上り詰めた。専門は工作機械を輸出することだった。長年世界中を飛び回り、日本製の工作機械を売ることが仕事だった。
その彼が独立して、今は商社勤務時代と同じように、日本製の機械を海外に輸出する仕事に精を出している。商社時代と最も違うところは、大きな儲けを考えなくてもよいことだという。
大手商社だと、ある程度の規模の輸出にならないと採算ラインには乗らなかった。ところが今は、「自分1人と秘書の給料が出ればよい」という割り切りがあるため、たとえ小さな規模であっても、輸出案件をまとめることができる。
大手商社時代の彼は、組織の一員としてまさに「歯車の1つ」に過ぎなかった。ところが今は、一国一城の主であるため、好きなように商売ができる。世界中どこにでも行って、日本製の機械を必要とするところに供給することができる。
輸出案件が成立すると、製作元である国内の中小工作機械メーカーからは感謝され、輸出先の人々からは喜ばれ、そうした人たちと「肌と肌の付き合い」ができる。その福音は大きい。
もちろん、誰もがすぐに“フリーエージェント”になれるわけではない。しかし彼のように、いつも意識の中で「いつかは“フリーエージェント”になる」という考えを持っていれば、将来一人前の“フリーエージェント”になることは夢ではないはずだ。
人とのつながり、特に組織の外の人たちとの交流を大切にしていれば、いつか必ず、有効なネットワークができる。最近、ネットワークに関する研究が進んでいるが、人とのつながり=ネットワークが、これからさらに重要性を増すことだろう。
一人前の“フリーエージェント”とは、ネットワークを上手く使える人なのかもしれない。