決別の時



夜が明けるとすぐに準備にとりかかった。


夫婦で話し合った結論は'息子の人形を寺に奉納することであった。


教会にするか'それとも大きな神社にするか迷ったが'息子の人形を興味本位でさらし者のようにされることだけは絶対に避けたかった。


そのために葬儀に呼んだ住職の寺に持っていき,詳しい事情はいっさい話沖ず,供養してほしいとだけ言って立ち去ることにした。


それならば一刻も早くこの人形を供養して処分したほうがいいとの結論となり、翌日へ檀家の役員を集め、さっそく供養することが決まった。


われわれ三人も'さすがにそんな因縁話を聞かされると'本堂に安置してある人形の様子を確かめにいく気にはなれなかった。


その日へ東京は夜半から風が強くなり'深夜雷鳴がとどろき'大粒の雨になった。


きし雨戸が音を立て札み'稲光と雷鳴は無気味な姿で本堂を浮かび上がらせた。


「霊の仕業だろうか?」


Kが不安そうな顔で聞いた。

誰も何も答えなかった。

翌日の朝は快晴だった。

朝から初夏の日が照りつけへ昨日の嵐が嘘のようであった。

たいていのお寺には檀家がある。

檀家とは信者さんであるがへその世話役が檀家総代である。

そのほかにも役職があって'寺の行事の手伝いから運営までそのときどきに集まる人たちがいる。

朝からその世話役たちに午後からあの人形の供養を行うという連絡が行った。

われわれも手伝うこととなった。


とりあえず本堂で供養の経文をあげたあとにどうするか'保存するのかへそれとも焼却するのかで意見が割れた。


Nの家族は焼却処分にする考えだった。


ひんばつこれ以上怪異な現象が頻発すれば'それはそれでへいつか世間に知れることとなる。


ともすればマスコミが収材にくるだろう。


そうなればこの人形の過去の経緯も明らかとなりも供養を頼んできた家族も世間に知れへそれは決して望むことではないとい

うのがその論拠であった。


家族のプライバシーを守るためにもへこの事実は関係者だけの記憶に封印することで全員が合意した。


だが焼却処分にするといっても'まさかゴミ焼却場に持っていくわけにもいかない。


Nの寺には墓場の奥に小さな焼却炉が設置されている。


これは墓所で供えられた花やお菓子などを焼却するために使われているもので、この中に人形を入れて焼却することもできない。


だいたい焼却炉はサイズが小さく'人形を入れるとなればバラバラに分解し頂ければ無理である。


いくら何でもバラバラに分解するなど,事情を知っているわれわれにで汁るはずもない。


結局、新たに焼却するための穴を掘ることになった。


本堂の裏の墓地の7角にわれわれがスコップとシャベルで穴を掘ったのだが'長さ7メートルへ幅五〇センチへ深さ一メ1-ルのちょうど土葬するような穴だった。


一メートル近く掘り進んだころへ古い木片が出てきた。


土の色も変色しているこの層を見てNは


「アッ'棺桶だ」


と声をあげた。


思わずスコップを投げ捨てて這い上がった。


「棺桶って'お前簡単に言うなよ'そんならこれ以上掘ると人骨が出るのかよ」


「ああ昔は土葬で'無縁仏なんかは墓石も建てなかったからこの辺にも埋まってるんだよ」


穴掘りはここで中止となった。


これ以上無気味な思いはしたくない。


私は'


「もうこれだけ掘れば十分でしょう」


と声をかけた。


誰からも異義は出なかった。


本堂での供養が終わり、住職の胸に抱かれて少年の人形が現れた。


住職が手短にこのあとの手順を全員に伝えた。


世話役のひとりが穴に降りて'住職の手から人形を受け取った。


そのときへ世話役がバランスを崩した。


世話役の足首が地面に埋まっている。


古い木の板を踏み抜いてしまったのだ。


一瞬みな凍りついた。


いったん人形を私が受け取りへ抱き上げた。


妙に生暖かい。


人肌のぬくもりだ。


世話役が'慎重に地面に埋まった足を引き抜いた。


足元に黄黒く変色した人骨が見える。


住職は落ち着いた声で、粗塩と線香鉢の灰を持ってくるように命じた。


掘った穴の底に灰と粗塩がまかれた。


住職のよく通る読経の声が流れへ辺りを線香の煙が漂う。


人形を再び世話役に渡そうとしたときへさっき受け取ったときよりも重くなっているのに気づいた。


ギョッとしたが'いい大人が今さらそんなことへ口にも出せない。

世話役の手に人形を渡した瞬間へ人形と目があった。


悲しそうな表情で私を見ている。


うっすらと涙ぐんでいるような表情だった。


世話役が'受け取った人形を穴の中央に置こうとしたときへ人形が


「うぉ-」


と声にならない叫びをあげた。


一瞬へ緊張が走る。


「何だよ'この人形'気味が悪いなへ今俺にしがみついたよ」


顔色が変わっている。


真っ青だ。


鍛仕方なく'人形は'掘られた穴の端っこにもたれかかるような姿勢で置かれた。


周りの人間の顔が緊張しているoふと気づくと'墓石の上や木の上にたくさんのカラスが止まり、こちらを見ているO


異様な雰囲気が辺りを覆う。


ろうそくに火がつけられ'読経の声とともに人形の足元に投げ込まれた。


投げ込まれたろうそくが'人形のジャケッ-の上に落ちる。


しかし'火はつかず'すぐに消えてしまう〇三度繰り返すがやはり火はつかない。


一同顔を見合わせる。


こうなれば誰かが穴に降りていって点火するしかないo


この無気味な人形に火をつける役など'誰も買って出る気にはならない。


供養のための法衣をつけている住職が降りるわけにもいかず'どうなるかと思っているiJ,たた年配の世話役のひとりが'


「お迎えが近いこの歳だから祭りがあってもたいしたことはない'ワシが降りるよ」


と声をあげた。


念のため腰にロープをつけて万が一に備える。


今度は太いろうそくを持って下に降り'人形の衣服に点火した。


火がつくのを確認して'すぐにロープを持って引き上げた。


火はゆっくりと燃え広がっていく。


黒い煙が上がる。


それまで表情を下に向けていた人形が突然'顔を上げた。

そのときへ現場に居合わせた全員が後ろに飛びのく事態が起きた。


「ウゥ-」


絞り出すような声が人形の口から確かに漏れた。


-もん炎が全身を包む中で少年の人形は苦悶の表情に変わる。


髪の毛の焼けるにおいが鼻をつく。


炎が勢いを増していく。


その場に立ち合った全員が'思わず手を合わせた。


女性たちは震えている。


私も必死に手を合わせへ


「成仏してよ'成仏してよ」


と声を出した。


時計を見た。


時間にすればl五分程度であろうか'しかし、とても長い時間だったような気がする。


人形は完全に燃え尽きて'白い灰になっていた。


全員がその場を後にした。


檀家の役員たちは'口々に


「こんな恐ろしい光景はtもうまっぴらだ」、


「今夜はうなされそうだ」


などと'足早に帰っていった。


居間に戻った私たちに、Nの母親がお茶をいれてくれた。


細窓の外にはくちなしの甘い香りが漂っていた。


過去、人形にまつわる怪異な現象は数多く語られ'私もそのいくつかは知っていた。


もし霊魂があるならばへ滅びた肉体をまねて作った人形がそのよすがとなりうるのであろう。


もちろんその背後には'あの家族の深い情愛があることはいうまでもない。


その後友人は'このご家族は幸せに暮らしているとだけ教えてくれた。






  1. お寺の怪談 人間そっくりの無気味な人形-1
  2. お寺の怪談 人間そっくりの無気味な人形-2
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