- 実録 お寺の怪談/高田 寅彦
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小学生のお兄ちゃん
娘が四歳になり'幼稚園に入れるかどうかを夫婦で話し合った。
夫は家の中に閉じ込めるような生活では'娘の将来が心配だと母親を説得した。
娘にはお兄ちゃんの人形のことは絶対に人に話すなと強く言って聞かせた。
ほかの人がお兄ちゃんの人形のことを知ると'お兄ちゃんは家を出ていかなければならなくなると説明した。
幼い娘は黙ってうなずいたO
娘が幼稚園に通うようになってしばらくは'何事もなく平穏な日が続いた。
ある日娘の通う幼稚園の保育士が娘に付き添って家を訪ねてきた。
家には入れられないため玄関先での立ち話になったが'訪ねてきた理由を開けて母親は'顔色が変わる自分を意識した。
娘の通う幼稚園で'帰る時間が近づくと1部の園児の落ち着きがなくなり'窓のほうを見る。
理由を聞くと小学生のお兄ちゃんが門のところで立っている'こっちを見ていてときどき手を振ったりして誘うというのだ。
保育士さんが窓の外を見ても'そんな子供は見当たらない。
下校途中の小学生で兄弟が通園している子供がいて,その様子を見にきた柵,または卒園者の子供がへまだ小学校に不慣れなために懐Lがって見ているのだろうと軽く考えていた。
°しかし'子供たちの様子が普通ではない。
外に手を振ったり'独り言を口にする子供もいたために園長に相談した。
帰る時間に園長が門の前で見張っていても'そんな小学生は誰もいない。
そのうち子供のひとりが
'「お兄ちゃんが入ってきた!」
と叫んだ。
しかし'保育室にはそんな子供は見当らない。
不安がって泣きだす子供もいた。
園長は狼狽した。
一部の子供が悪ふざけして'みなを怖がらせているのかとも考えたが'お兄ちゃんが見えると答えた子供のなかには'普段おとなしく、目立たない子供も何人かいたため'その子たちには保育士が付き添って事情を保護者に説明して'子供が落ち着いたら詳しく話を聞いてほしいと頼んでいるところだったのだ。
娘と一緒に来た保育士はそう説明した。
その間中'娘は黙って母親を見ていた。
母親は'その場は取り繕った。
ついてきた保育士は何度も頭を下げて足早に帰っていった。
娘を連れて家に入った。
娘は何も言わない。
母親は'娘に聞いた。
「お兄ちゃんでしょ」
娘は悲しそうな表情でうなずいた。
居間の椅子に座っている人形が'黙ってそれを見ていた。
夫が会社から帰宅すると'母親は'その一部始終を話した.
しばらくふたりの間に重い時間が流れた。
夫は不安そうな表情で切り出した。
「実は,前から気づいていたのだが'人形の表情がときどき変わる。
最初は気のせいかとも思っていた。
光の加減や影のせいかとも考えた。
精密に作られた人形だからへ温度や湿度で材料が変化し'そのために顔の表情も変化するのだと自分を納得させた。
しかし、あるとき眼が動くのを確かに見たんだ」
母親は驚かなかった。
彼女はこの事実に早くから気づいていたと告白した死んだ息子の霊魂が人形に宿る。
それがどうして悪いのか'私は嬉しい'愛する息子が戻ってきてくれたのだ。
家族のもとに帰ってきてくれたのがどうしていけないのか。
「永遠に家族の秘密にするわ'娘も休園させるわよ」
彼女はそう言い放った。
翌日事態は悪化した。
幼稚園では子供を休ませる親が続出したのだ。
瞥子供が怖がって'幼稚園にもう行きたくないと言っている'事情を説明してほしいtと保護者の何人かが園長に面会を求めてきた。
`保護者同士が電話で連絡をとって'他のクラスの園児の親まで知るところとなっていた。
園長は'保護者立ち合いのもと園児の話を聞いてみた。
子供たちが見たお兄ちゃんは'一様に紺色のブレーザーに同色の半スボン、赤いネクタイをした二二年生ぐらいの少年と一致した。
瞬く間に噂が広がった.
親のなかに少年の葬儀に出席した者がいた。
人形の存在など知る由もないが'娘を送っていった母親は'
「お宅のお嬢さんも幽霊を見て怖がっているの?」
と聞かれた。
彼女は動揺した。
子供たちが見た少年の服装は'死んだ息子を棺に入れるときに着せた服装と一致する.
息子が外にさまよい出ているのだoいずれこのままでは願ぎが大きくなり'秘密が外に出るのは時間の問題となった。
帰宅した夫に話すと'夫は黙って泣いた。
彼女も切なかった。
娘の将来を思うと'このままの状態をいつまでも続けられないことは彼女にも理解できる。
しかし'理解はできても情としては忍びなかった。
ふたりはその夜へ娘を寝かしつけてからテーブルに人形を座らせた。
人形の表情は穏やかだ。
人形の手を握った。
冷たかった。
ふたりの脳裏に幼かった少年との幸せだった日々の記憶が鮮やかに軽る。
夫が手を握りながら言った。
「お前をもうこの家に置いておけなくなった。
お前はこの家を出て天国に行くんだ。
やっぱりお前と一緒に暮らすことはできないんだ。
わかっておくれ」
「許してね。天国で幸せに暮らしていたお前を呼び戻してしまった。堪忍してね。
お母さんとお父さん、いつかまた天国でl緒に楽しく暮らすから」
母親は人形を抱きしめた。
ふたりの頬に涙が伝う。
その日、昔のように人形を真ん中にして親子三人が川の字になって寝た。
いつまでも妻の鳴咽はやむことがなかった。
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