巨大地震と地震雲画像_ 002


大惨劇尾経験してきた日本だがなぜこうまで無防備なのか!

20m超の巨大TSUNAMIが'津波列島を呑み込む!



「16000倍」恐怖のエネルギー死者は約30万人


轟音とともに眼前へと迫り来る水の壁。


年末のバカカンスに訪れた外国人観光客でにぎわうブーケット島やピピ島など南海の楽園に、史上最悪の津波が押し寄せた。


2004年12月26日、スマーラ島沖の海底で地震が発生。


M9クラスという観測史上4番目の規模だった。


「殺人津波」が大惨事を引き起こした、インド洋での大地震は'地震の規模を示す「モ-メントマグニチュード (Mw)」は9・3だった。


MWとは'震源でずれた断層の面積などをもとに割り出した数値で、M6.9だった1995年の阪神大震災と比較すると、実に的16000倍のエネルギーを放出した計算となる。


その結果、断層は長さ約560km、幅約150kmにわたって大きく地割れしたのだ。


この地震が起こした巨大津波は、ジェット旅客機並みの時速の猛スピードでインド洋を駆け巡り、スマトラ島北部に30分以内で到達し、タイのブーケッ-島に約2時間後、モルディブには約3時間半後に襲来した。


震源地から約9000km離れた南極の昭和基地でも、地震発生から1 6時間後にの津波を観測したほどの規模だった。

津波の高さは、ブーケット島から約100km離れたタイ本土のカオラックで10.5の高さと推定されているが、現地では2 0mを超える巨大な波だったとの目撃証言もある。


巨大津波は'沿岸部の質素な家屋やリゾート施設を直撃した。


インド洋沿岸部は予算不足などで津波対策が十分でなかったこともあり,津波被害としては、過去最悪の死者・行方不明者約3 0万人という大惨事となった (139ページの写真).


「いままで見たこともない、泥のような大波が押し寄せてきました。私はホテルの屋上にいて助かったのですが、逃げ遅れた人たちは波にさらわれて壁や柱に激突し、多数の死傷者が出ました。
そのまま波に呑まれて消息のわからない人も....。
ホテルの-階部分はメチャクチャで'ゴミだらけ。
いまはまだ再開のメドは立っていません」 


スリランカのリゾ-トホテル従業員の'当時の生々しい証言だ。   


そして、寺院の庭や広場にぎっしりと並べられたおびただしい数の遺体。


津波に翻弄されて損傷が激しいぅぇに、熱帯の気候のせいで腐乱が進みへ性別さえ判別するのが難しい。


腹部が膨張し、破裂して内臓を露出させている遺体まで数多-あった。


衛生状況の悪化を恐れたタイ政府は、遺体の火葬を予定していたが、イスラム教徒から宗教上の理由で反対され撤回した経緯も報告された。



結局はすべての遺体から、歯形や毛髪など個人特定の決め手となるサンプルを採取の-え、タイ人は土葬も外国人は身元が特定できるまで保管する方針とした。


しかし'実際の現場では人種の判別さえ困難な状況が続いた。


震源にもっとも近いインドネシアのスマ-ラ島北部のアチェでは'河川に多くの遺体が流れ込み、水質悪化が原因の下痢や発熱などが報告され'WHO(世界保健機関)が、「500万人に感染症の危険が迫っており、これらの感染症による死者も増加する」と警告を発したほどの惨状だった。


この「殺人津波」による死者・行方不明者は30万人を超え、半年以上経っても約100万人が避難生活を余儀なくされている。


国連によれば、本格的な復興には、2~5年が必要という。日本人観光客など邦人の死亡者は37人にも上った。