- ムー 2008年 03月号 [雑誌]
- ¥650
- Amazon.co.jp
卑弥呼の出身部族はかつて大陸から渡ってきた
さらにマクモニーグルは'卑弥呼の出身部族のことも詳細に報告してきた。
それによると、卑弥呼の出身部族は'九州と本州南部、そして朝鮮半島南部まで領有する、偉大な海の民であったという。
しかも、彼女の部族の先祖をさ,r{のはらに8-9世代遡ると、九州の南の島ーそう、沖縄だったというのである。
そしてもっと遡ると'海を渡りも現在の南中国か東南アジアあたりに行き着くという。
つまり'卑弥呼は南方系の部族の出身だったのだ。
顔つきがなんとなく沖縄人に似ていたのには、もっともな理由があったのだ。
そして卑弥呼の出身部族が、朝鮮半島から進んだ稲作技術を奈良にもってきたことが、部族連合のはんえい繁栄と安定をもたらす決定的な要因となった。
卑弥呼が当初も連れていかれた大阪からすぐ奈良に移ったのはこの地がより稲作に適した場所だったことによる。
質問への回答として'部族の名前と規模についてもマクモ二-グルは報告してきた。
それによると部族名(出身部族ではない)は、ずばり
「Yamata.Yamato.Yamatayo」のどれかだという。
だが'後の透視によると,Yamatoがもっとも可能性が高いという。
Yamatoの規模は'卑弥呼の統治開始当時は3880人だったのが彼女が死んだときには20倍以上に膨れ上がっていたそうだ。
↑ (上)豊田湖畔の広域図。
(下)上:図の重要地点の拡大臥現地調査に:よってこの図が驚くべき精度で描かれていることを知ることになる。
- ムー 2008年 04月号 [雑誌]
- ¥650
- Amazon.co.jp

