未来ビジネスを読む (ペーパーバックス)/浜田 和幸
¥1,000
Amazon.co.jp



IT化がゆとりを奪うという矛盾



今日、古代ギリシアの時代theAge ofancientGreeceにさかのぼるまでもなく、東京オリンピックが開催された1964年当時と比べても、個人が得る知識と情報の量amount of knowledge and information は天文学的に膨らんでいる。


幼年時代にテレビはあったが、まさか、インターネットや携帯電話が登場し、コンピュータによるユビキタス社会ubiquitoussocietyが訪れるとは夢にも思わなかった人も多かろう.


しかも、いざ、それらが登場し一般に普及するにつれ、われわれの生活は明治の人々が思い描いた「夢の未来生活」から遠ざかるばかりである。


つまり、科学技術の発達が、かえって生活を多忙・複雑にし、一部にはそれについて行けない人々も生み出している。


科学誌が伝えるところでは、 1960年から今日までの科学的発見は、それ以前の5000年間の発明、発見の総数を上回っている。


わずか50年前には、宇宙の銀河系galaxyの存在は2つしか確認できず、宇宙の果てが認知できると思われていた。


ところが今では、20億以上の銀河系宇宙が存在することが知られるようになった。


宇宙は無限に近く、 2000年にわたりキリスト教文明が信じてきた神や天国の話なども吹き飛んでしまうほどである。


だが、宗教界や科学界も、人々の心を束ねる新たな価値観new valuesを提供できないでいる。


しかも、ただ単に情報だけが爆発的に増え、それがどういう意味を持つのか、という判断decisionすらできない人間もあふれるように増えている。


新聞1つをとってみても、 1日の新聞紙面に掲載されている情報量だけで、 100年前の人間が一生かかって得る情報量をはるかに超えている。


これでは個人生活はもちろん、企業にとっても、情報処理dataprocessingが膨大な作業になってしまう。


1990年代の10年間のアメリカ企業を例に見ると、情報処理予算は増える一方だが、情報処理に手間暇かけても、生産性productivityはほとんど向上していないという状態に陥っていた。


アメリカ企業は、これまで積極的にIT化を図ってきたが、その結果、情報過多information overloadによる生産性低下現象すら発生するようになったのである。


もちろん、同じくIT化に取り組んできた日本企業も大同小異であろう。


これは、企業にとって、迅速かつ的確な判断ができにくい状況が起こっていることを表している。


数年前のデータだが、マツキンゼ一社McKinsey & Companyがアメリカの国会議員Iawmakersの時間配分の実態を調査したところ、なんと1週間にわずか11分しか、自分で物を考える時間がないとの結果が明らかになった。


陳情団やロビイストgroupoflobbyistsへの応対、選挙区での挨拶や演説、委員会での拘束に追われ、時間的ゆとりのない生活を送っているのがアメリカの政治家というわけだ。


これは、総じてアメリカ国民の特徴でもある。


もちろん、アメリカ人だけの間額ではない.


われわれ日本人もまた、アメリカ人と同じような価値観にとらわれ、時間に追われる生活を送っているのではなかろうか?