教師への恨みというのはいくつかありますが、
中学高校では女の教師が私の家庭の裕福さを妬んで
嫌味を言われたりといじめられました。

 

いじめられたというのは、
当時は全く感じていなかったですが、
今思うとあれは教員の生徒いじめかなと思うところがあって
今になって腹が立ちます。

 

私の場合、興味のないことには
一切の関心がないので、こういう女教師の小言も
言われている瞬間すら上の空であったりすることもあり
余計に教師の怒りを買っていたのでしょう。

 

中学の時の森初枝という先生は、
更年期とヒステリーで、なにかと怒っていたし、
他の生徒が、何かの話で「月20万円じゃあ、生活できないだろ」
というセリフを耳にして、わざわざ反論し、
自分は月20万だと給料を暴露していて
給食中だかに、すごくキレていました。

 

全く関係のない場面で生徒の言葉なんか
お前には関係ないのにわざわざ首を突っ込んで
怒り狂ってみっともなかったし、
女は教師に向いていないと思うようになったのは
森先生が担任になったことで私の心で芽生えた感情で、
こういうところからフェミニズムは馬鹿だという
気持ちも芽生えたのだと思います。

 

中学だと、ヒステリーの
女性教師が多くいたような気がします。


激高して説教が長く、自分の惨めな人生を
告白し始めるというのがセットでした。

 

大人の女性のことを賢いと思うことがなかったです。

 

90年代は時代が悪かったのかもしれないですが、
共稼ぎで家庭があって子供がいる女の教師は
全員クソババアでした。

 

教師っていうのは、クソがなるものだと
思うほど人格的にも素晴らしい人は
小学校4年生の時の校長と教頭くらいしか
記憶にないです。

 

男の教員なんかは、
社会人経験のないサラリーマンだから
学校という社会しか知らないちっせーおっさんだし、
非常勤の数学の名前忘れたけど若い奴が
子供に威張り威嚇するような人間の器も
小さいしょうもない人間でした。


非常勤だったから記録も持っていないし、
思い出せないのが残念です。

 

最悪の記憶は
小学5年のときの「曽我」先生だ。

 

社会の時間、太平洋戦争の話から
なんで、この戦争がおこり日本が負けたのかの話で

曽我先生は

日本が戦争に負けたのは
天皇が、自分の身勝手な独断で
無茶な命令を出して、突撃させて多くの兵士を
特攻させたからだ。

 

アメリカが原爆を京都奈良に落とさなかったのは、日本を支配した後に、名所がある場所を
ぶっ壊したら日本に観光にこれなくなるから

 

こういうことを小学五年生の前で
笑いながらも真剣に話していました。

 

私は勉強して、上記がでたらめだって
知っているからいいけど、
もしかして本気で信じている生徒もいると思います。

 

毎年こんな話をしていたのかと思うと
ムカつきますね。

 

天皇批判をしていたのは曽我先生と、
大学の教授だけだったので、私の人生では2人出会いました。

 

大学の教授は日教組じゃないので、
あくまでも、学問的な立場から英国などの王室と比較して、
天皇の不要論を説いていましたので、曽我先生とは違います。

 

曽我先生は、もう死んでいるかもしれないけど、
面白い先生だったけど、
今思うと、左翼教員のクソ野郎だったんだと
残念な気持ちです。

 

■まとめ

教員は、採用試験に受けるには
3年以上の社会人経験と正しい歴史認識のテスト、
ロリコンじゃないと医師からしっかりと診断を
もらう義務があると私は思います。

 

また、90年代に異様に流行った
教師の君が代を拒否するようなことは、
教員失格というか、人間として欠陥があるので
戸籍抹消でもいいくらいです。

 

薄給のくせにしょうもないプライドで
そんなことするから一生貧しいんだよと
教えてやりたいですね。

 

教員という職業は、
免許なんかなかったら誰でもできるような
モノなんだけど、免許制にするから
一気に偉そうになってしまうんだろうね。

 

やる気がない先生っていうのも不思議で、
やる気がないんだったらやめればいいのに
思春期のガキみたいに邪魔くさい。

 

辞めれないのは、ほかに仕事できない

無能だからで、やる気ないポーズのただのかっこつけで
実際はちやほやと構ってほしいんだろうね。

 

こういう教師が子供のクラスの担任になったらゾっとする。