あなたの心の曇りを突き飛ばす
明日は晴れ (寂聴 あおぞら説法) -
今日(’09年)11月7日は、徳島の鳴門に開庵した
「ナルト・サンガ」の初めての法話の日です。
「サンガ」は仏教用語で「僧伽」、
修行道場の意味ですから、
ここは「鳴門の修行道場」
ということになります。
皆さん、こんな片田舎まで遠方はるばると
いらしてくださいまして、
本当にありがとうございます。
皆さんは今日から、
私とここの仏様と有縁、
ということになります。
世の中はすべて、縁で結ばれています。
今の世界人口は約68億人だそうですけど、
私たちは地球で暮らすたくさんの人の中の一人です。
その私たちお互いが、
生きている間に誰かと仲良くなって、
知り合って話したり、一緒にごはんを食べたりする。
これが縁です。
そして、縁はなかなか結ばれませんし、
結ばれたとしても、
中には良縁もあれば悪縁もあります。
「いいなあ」と思って仲良くなってみたら、
いじめられたり、貧乏させられたり、
ひどい目に遭う。
そういうのが悪縁です。
しかし、悪縁が良縁になることもある。
縁というのは非常に不思議なもので、
1つの縁が結ばれると、
その縁がまたお互いに広がっていって、
たくさんの人と仲良くなることがあります。
今日ここへいらした方々は、
私が開庵法話、初めて青空説法をするということを、
新聞記事やテレビのニュースで
ご覧になってのことと思います。
生の私と初めて会うという方、
手を挙げてください(会場で挙手多数)。
まぁ、どうもありがとうございます。
今までなんとなく「瀬戸内寂聴」という名前を
おぼろげに知っていた方が今日、
生の私と会ってくださって、
深い、深い縁が結ばれました。
そして一度結ばれた縁は切ろうと思っても、
なかなか切れない。
死ぬまでずうっと、
何かの形でつながっています。
こうして縁が結ばれた以上、
私たちは、お互いを支え合って、
困ったときにはどちらかが助けて、
一緒に苦しい世の中を渡っていきましょう(拍手)。
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著者 瀬戸内寂聴
徳島県生まれ。東京女子大学国語専攻部卒業。
元天台寺住職現名誉住職。比叡山延暦寺禅光坊住職。
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少し紹介
◯幸福は笑っている顔が好き
自分では、100歳までは生きたくないと
思っていますけど、
どうなるかわかりません。
自分の定命がわからないというところが、
神仏のご加護かもしれないし、
あるいは劫罰かもしれません。
いつ死ぬとわかれば、
いろいろとすることもあります。
でも、いつ死ぬかわからないのに、
あれこれと心配してもしょうがない。
どうせ死ぬときは死ぬのですから、
それはもう置いておきましょう。
そして、生きているいまを大切にして、
楽しみましょう。
今日という日を意義ある一日にしましょう。
食べたいというものがあるなら、
今日、食べましょう。
高いなと思っても、何とかなる(笑)。
食べたいものは食べて、
着たい洋服は着て、行きたいところは行って、
もうあんまり辛抱するのは、やめましょう。
遅かれ早かれ死ぬんですから、
生きている今日を楽しく生きてください。
楽しく生きるためには、
もうすんでしまったことをくよくよしないことです。
そして、つらいことがあれば、
これはやがて通り過ぎると思って、
坂本九ちゃんの歌のように、
上を向いて歩きましょう。
不幸というのは、お通夜みたいな顔をしている
人のところに寄ってくる。
不幸は暗い顔が好きなんです。
幸福というのは顔が嫌いで、
笑っている人が好き。
ですから、器量が悪くっても、
笑ったら、ちょっとはましに見える(笑)。
素敵な人に愛されて幸せになる、
かもしれない(爆笑)。
少しくらい嫌なことがあっても
ニコニコしていれば、幸せが寄ってくる。
できるだけニコニコして、
幸せになりましょう。
まず自分が幸せにならないと、
周りの人を楽しませることはできません。
自分が幸せで健康なときに、
初めて人助けができるんです。
自分が幸せになると、
そのパワーが周りの人にまで波及して
「あの人のそばにいたら、何か気持ちいいわ」
と皆を幸せにするし、皆に愛されます。
幸せな人のそばにいると、幸せがうつります。
ですから、皆さんは好きなものを食べて、
好きなことをして人生を楽しんで、
いつもニコニコと生きてください。
そうすると、不運な人たちが寄ってきて、
ただあなたのそばにいるだけで、心が癒されて、
その人も幸せになるのです。
いま、ここにいらしてくださった皆さんは、
もういいことだけ、楽しいことだけを思って、
のんきに暮らしてください。
皆さんが、自然に笑顔がわき出てくるような
楽しい暮らしをなさると、
ご家族も、お友達も、ご近所の方も、
皆が明るい気持ちになって、
幸せの輪が広がっていくのです。
今日は、はるばる他県からもこんなに交通不便な
ナルト・サンガまで着てくださって、
本当にありがとうございました。
朝早く着いて、何時間も待っていてくださった
方は大変だったですね。
でもそれは、きっと何かを求めていらっしゃるから
来てくださったのだと思います。
皆さんの心の中にどういう思いがあるのか、
一人ひとりに聞いてはいませんけど、
それぞれの思いを私は受け取ったつもりでいます。
私たちは今日ここで出会って、
縁ができました。
私とあなたたちは、もう
「無縁」ではなく、「有縁」になったのですから、
つらいことがあったら、
手紙でも電話でもいいから、
私に言ってきてください。
手紙の返事はすぐに出せないですけど、
受け取った手紙は必ず読んでいます。
電話にも、いたら必ず出ます。
不在のときが多いですけど、
居留守使ったなんて邪推しないでください。
皆さんの悩みや苦しみを聞くのが
私たち坊さんの役目ですから、
何でも言って来てください。
今日は本当によく来てくださいました。
ありがとうございます(大拍手)。
続きは本をどうぞ。
<<今日の小話>>
昔、イギリスのウィンザー公が、
ある晩餐会に出席したときのことです。
参加者の一人がマナーを知らず、
指先を洗うフィンガー・ボールの水を
飲んでしまいました。
それを見た周囲の人は戸惑いましたが、
ウィンザー公は少しもあわてず、
同じようにフィンガー・ボールの水を飲み、
その人に恥をかかせないようにしたのです。
これは形式にとらわれず、
マナーというものの精神を
よく理解していた一例です。
作法をいくら知っていても、
相手の立場に立つゆとりがなければ、
時には押しつけとなり、
ありがた迷惑と受け取られかねません。
また、相手を思いやるにしても、
それをうまく表現する知識や技術が
ないと善意は伝わりません。
心と技術が伴ってこそ、
相手に喜ばれる思いやりとなるのです。
(ニューモラルより)
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