先週末の収穫記録がようやく最後になりました。
ですが、まだ玉ねぎの収穫そのものは終了していません。
大型プランターがあと1つに、中型~小型がちょぼちょぼ。

我家消費量の一年分の収穫を目指す

と決めて取り組んでみましたが、1個や2個収穫するだけなら
極めて楽な玉ねぎですが、量が多くなると地味にキツイです。
いや、収穫作業そのものよりも、関連作業がキツイのかもしれません。

土から引き抜いたものを、大きさの順番にキレイに並べて写真を撮って、
それを長期保存のために土を落として(※)編んで吊るして、さらには、
後作のために土をフルイに通して、底石を入れたネットに絡みついた根を
一応除去し、出てきたM先生を新たなる作物のプランターに投入し・・・

というのが1個のプランターにおける作業ですが、1年分の玉ねぎを
収穫するために、この作業を10回以上反復することになります。

(※)土を落とす
 保存のために土を落とすのが良いのか?落とさない方が良いのか?
 それともどちらでも変わりないのか?そのあたりがまだ調べがついてません。
 ただ、バルコニーに干して乾燥させる都合上、土がパラパラ落ちても
 都合がわるいので、サラッと拭う程度で土は落としています。
 
この反復作業のどこかに楽しさを見いだせるかどうか?

あるいは

収穫の喜びを打ち消すような厭戦気分のようなものをどうやって頭から振り払うか?

農産物生産者(プロ農家)であれば、このような自分自身の心の処理を
「通年で×何年も継続して」うまくやっていけるかどうかが、洋の東西を問わず
重要なのだろうな・・・と思いました。

もしかして「百姓」という言葉は、語源はそれとは無関係のようだけれど
そのあたりのスキルor特性も含んでいる?

そういう意味では、農産物生産を生業とすることは、

剣豪を目指す武芸者の日々の修行

にも似ているかもしれません。

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いわゆる脱サラをして農業に転じた人は世の中でそれなりにいると思いますが、
その逆パターンで家業を継いで農産物生産に従事しているものの、その辛さが骨身にしみて

もしも願いが叶うなら、オフィス仕事をしたい

と思っている人も世の中にはいるのではないか?

●●をやったことがないから、そんなことを言っているだけだよ。

という言葉が両方の側から聞こえてきそうです。

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【前回までの収穫数:合計139個】
・大玉:90個
・中玉:39個
・小玉:10個

【今回収穫数:合計28個】
・大玉:15個
・中玉:10個
・小玉:3個

【トータル収穫数:合計167個】
・大玉:105個
・中玉:49個
・小玉:13個