NHK大河の「江」のことですが、初回から何か今一つだなあ~
と感じた理由がはっきりとわかりました。
と感じた理由がはっきりとわかりました。
昨日たまたま目にした読売新聞の「編集手帳」の記事に
なるほど~と思うことが書かれていました。
そのまま転記して引用します。
なるほど~と思うことが書かれていました。
そのまま転記して引用します。
| 役者は、自分の演じる人物がドラマの最後にどうなるかを知っている。 |
| 例えば交通事故で死ぬことを知っている。 |
| だからといって事故に遭う前の晩、一家団欒の場面で悲しい表情をしたら興醒めである。 |
| 演出家の仕事とは、自分の人生の最後を知っている役者に、 |
| その最後を忘れさせ、<いま>を生き生きとさせることです。 |
亡くなられた演出家・和田勉さんの語られた言葉だそうです。
言われてみると、確かにその通りだと思いました。
私が『江』の初回に感じた何かいまひとつの感じは
この「興醒め感」だったのです。
私が『江』の初回に感じた何かいまひとつの感じは
この「興醒め感」だったのです。
しかし考えてみると、ことのとは和田勉さん独自の方法論というよりも
古今東西の演劇とかTV/映画の演出に共通する基本的なセオリー
のようなものなのではないだろうか?と思いました。
古今東西の演劇とかTV/映画の演出に共通する基本的なセオリー
のようなものなのではないだろうか?と思いました。
そのようなセオリーのようなものが実際にあるかどうか
特に演劇の勉強をしたこともないのでよくわかりませんが
特に演劇の勉強をしたこともないのでよくわかりませんが
| 演劇の演出のテキストにはきちんと書かれているハズだ! |
などとという確信に似たものを感じます。
だとすれば、NHK大河の関係者がそれを知らないハズはありません。
やはり何かウラがあるような気がしてきました。
やはり何かウラがあるような気がしてきました。
その手がかりになるかもしれない、と思われるのは
| 興醒めと感じるかどうかは人による |
| 純粋な心を持った人は興醒めしにくいかもしれない |
というあたりでしょうか。