さてOLYMPUS-PEN EEDについての続きです。

昨日の時点ではファインダーについて掘り下げよう
と思ったのですが、そうすると現代のAF一眼レフの
ファインダーまで話が広がりそうです。

結論は
「AF化のためにファインダーがキレイでなくなった
 のにどれだけの人が気づいているか?」
ということなのですが・・・

まあ、これはまた後ほど。

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さて、もう少しOLYMPUS-PEN EEDについて書いて
みたいと思います。

このEEDはいわゆる「レンジファインダー・カメラ」
ではありません。ファインダーに距離計が内臓されて
いないのです。

「じゃあピントはどうするの?」

ということになりますが、現代のAFカメラに慣れた
立場で考えると驚くべきことですが、なんと「目測」です。

イメージ 1
↑ レンズの周囲にピントリングがあり、これをまわして
  ピントを決めますが「目測」です。

「目測って?何ですかそれ?!」

と聞き返したくなる人も多いかと思います。
つまりは、こうです。

「被写体とカメラの距離を撮影者が自分の目測で測り、
 その距離をピントリングで設定して撮る」

というものです。

「そんなこと(目測で距離を正確に計る)ができるのは、
 伝統工芸の職人さんで、しかも人間国宝級の人じゃないの?」

といいたくなるのですが「被写界深度」を考慮すれば、
そこそこはイケルということに気がつくでしょう。

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MF時代のシャッターチャンス系(?)の撮影は状況によっては
「目測」がカメラマンにとっても当たり前だったことだろう
と思います。

つまり、被写体との距離を目測で瞬時にとらえ、あるいは、
その何秒か後の被写体の動きをカメラマンが予測つつ
被写界深度を判断して絞りとピント位置をあらかじ決めておき
シャッターチャンスが何の前触れも無く訪れたその瞬間、
ファインダーを覗くか覗かないか、とにかく瞬時にシャッター
を切る。

これができないようでは報道カメラマンもスポーツカメラマンも
多くのシャッターチャンスを逃してきたにちがいありません。

イメージ 2
↑ 明るさF1.7 現代の最新技術がふんだんに盛り込まれた
  コンパクトデジカメに、これだけの明るさをもったレンズ
  が搭載されたものはほとんど無いと思います。
  (以前OLYMPUSのデジカメには近いものがあったような気がします。)

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現代の高性能&多機能のカメラは、従来人間がしていたことを
カメラがやってくれるので、構図やシャッターチャンスに集中できる・・・

というようなことをよくいいます。

しかし、それはある部分では正しいのですが、写真表現の
感性による創作という部分では必ずしも正しくないと思います。

人間が何かの道具を操作して表現したり創作したりするものは、
そのときの気分やもろもろの人間側条件の変動に合わせて、道具
の操作が左右された結果が、それぞれ直接的に異なる結果に結びつく
ことが必要と思います。

自分の気分や感覚と道具の操作の関係が常に一定の関係で無段階
で再現できるようになったとき、楽器の演奏であれ、絵画であれ、
スポーツであれ、その人の感性を遺憾なく発揮した表現活動や創作
活動が可能なのではないか?と思います。

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そういう意味では、このOLYMPUS-PEN EEDはピントが「目測」で
あることによって、その点に関しては「人間の感性との連動性の
高いカメラ」ということができるのではないか?
そこに「魅惑」の要素があるのではないか?

と思います。

「じゃあ、ハーフサイズだってことは何の関係があるの?」

それはまた別の機会に。



※ 「目測」であることが「感性との連動性が高い」
  というのは、我ながらちょっとムリっぽいですね。
  ただ、このカメラを「目測」で撮ろうとして
  被写体との距離感覚を研ぎ澄まそうとした瞬間、
  体の全ての感覚が急激に活性化するのを感じたのでした。
  素直にそう表現した方が適切かもしれませんね。