愛あるみなさま、こんにちは!
サトヒです~
前回で最後宣言していた「忘れさりし自己価値を求めて」シリーズ…
延長戦に突入です!!www
あ、これで本当に最後にしますので、どうぞどうぞお付き合いくださいましww
昨日、お師匠様のセミナー「自己肯定感をあげる3daysプログラム」にファシリテーターとして参加してきたんですが
その中で、質問として出ていたのが「短所の長所変換が難しい」というお話…
うん、わかるわかる、ほんと難しいよね~
やってみても、苦し紛れの言い訳みたいになるしね~
私も、「忘れさりし自己価値を求めて ③」の中で
だとすれば、私が自己価値が高まることで浮かび上がると恐れている
「傲慢な勘違いヤローで、他人の痛みに共感できず、自分勝手でワガママで、他人を見下し、大切な人を無視して暴走する」
自分こそ、認めてあげないとかわいそうなんじゃないかな、と思うのです
だって、これが私の本質ならしゃーないやん
なんて風に書いていたのですが
自分が一番嫌っているシャドウとしての自分(短所と思い込んでいる性質)を統合するには、その捉え方を変える必要があると思ったんですね
もちろん、その一つの方法としては「しゃーないやん」って思ってあげること
短所がある自分を、まるっと受け入れてあげること
それももちろんめちゃくちゃ大事なのですが、その一歩先として、「それって本当に短所なの?」っていうことを、一度疑ってみる必要があると思ったのです
セミナーの中で、お師匠様も「短所を消そうとすると、長所も消える」なんて話をされていて
結局短所も長所も、どちらもただの表裏一体な一つの性質なのだとしたら、片方を消せば、もちろんもう片方も消滅するわけです
だから、「短所は無くそうとしちゃダメ」だったんです
私はきっと長い間、自分の短所を消そうと努力してきたんだと思います
もちろん、そのおかげで身に付けることのできたものもありました
だけど、やっぱり本質は消えないもの
生まれ持った気質としての、自分の一部である、性格
それを再評価することもまた、自己価値を高めるためには、すごく重要なことだと思い直したのです(ここに来てようやく、ですな)
ということで、私が否定している自分の性質は、先ほども書いた通り
「傲慢な勘違いヤローで、他人の痛みに共感できず、自分勝手でワガママで、他人を見下し、大切な人を無視する」
ところなわけですね
じゃぁ、それをどうにか長所変換できないかと、自分なりに頭を捻ってみたのですが、全くできない…
(だって、自分がすごく嫌っている相手なので、好意的に見るのは難しいわけです)
ということで、これまた私の得意技であるGoogle先生召喚をし、こんなサイトを見つけました!!
(ちなみに偶然ですが、このココトモというサイトに一時期ボランティアカウンセラーとして登録して、せっせとメールカウンセリングをしていたことがありますwww)
ということで、やってみよう!
長所変換の術!!
傲慢・・・リーダーシップがある、姉御肌、面倒見が良い
勘違いヤロー・・・楽観的、信じる力が強い、独創的
他人に共感できない・・・自分の考えをしっかり持っている
自分勝手、ワガママ・・・自由奔放、創造性がある、自分のこだわりを持っている
他人を見下す・・・自信がある、自分のことが大好き、向上心がある
大切な人を無視する・・・マイペース、集中力がある、やりたいことに向かう情熱がある
暴走する・・・行動力がある、決断力がある、信念を持って突き進む、フットワークの軽さ
う…く…苦しい
吐きそうなくらい苦しい
本当かよ~って気持ちがプンプンしますwww
言ってみればそうかもしれないけど、「相当良く言わないと、そうはならないじゃん!」という心のツッコミが聞こえます…
ただ、セミナーでお師匠様が言うには
「短所の長所変換は、自分事としてやっちゃいけねぇ」
ってことでした
あくまで、他人ごととして、客観的に考えてみた方が、クールに長所変換できるぜ、ってこと
確かにそうだなぁと思い、他人ごととして捉えてみれば、まぁそういう言い方もアリかな?と思えなくもありませんでしたww
で、こうやって無理やりにでも変換して出てきたのは、私が受け取れない他人から見えている長所だったんですよね
自分ではバレないように必死に隠しているつもりの短所は、実は他人からは既に見えていて、かつ長所として捉えられてたりする、ということなんですね
傲慢さが、リーダーシップや姉御肌に変換できるなんて思えなかったですもん…ww
確かに、そういう気があると言われることは多かったです
そっかー、そうなんだーって、ちょっと目から鱗でした
ということで、短所も実は自分の良いところだったりするんだぜ!という気付きをお伝えして、このシリーズを締めくくりたいと思います!!
長々とお読みくださり、ありがとうございました
みなさまの心にも、小さな気付きの灯が宿ることを祈って
ではまた