昭和的サラリーマンの独り言 みたいな・・・ | ドロッセルマイヤー2010のブログ

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ドロッセルマイヤー的日常、ほぼライフログ。たまに美しい女性のポートレート写真など。

Facebookのほうに書いたのですが、アメブロのほうにも転載。
月曜日らしく、サラリーマン的な独り言。


①今日(11/28)の日経新聞Webページから
リストラされない社員になる4カ条 人事のプロが指南
この記事の中で
“会社の外で、自分がどれくらいの市場価値を持っているかだろう”
と、「自分の市場価値」って言葉が出てくるのですが、この言葉は大嫌いだ。
ここ数年、すごく単一の価値観しか表さない言葉が増えてきたと感じています。
「勝ち組・負け組」や「タダ乗り社員(フリーライダー)」など・・・


お金を稼ぐ能力だけが私をはかる指標なのか?
この言葉が嫌いな理由の一つは、育児にも使われてきているから。
ビジネス誌で「プレジデント」って雑誌がありますが、この雑誌のタイトルのつけ方は非常に下品なときがある。「勝ち組 年収1500万の育児方針」とか・・・
お金を稼ぐ能力だけを価値観のトップに持ってきてあなたのお子さんが幸せになれるのか?


私自身は、いろいろと問題を起こして、管理職(世間一般で言うところの課長以上)にはなれないので、負け犬の遠吠えなんですが・・・正直、会社ではちょっと変わった人です。バレエ鑑賞行ったり、ピアノ習ったり、美しい女性のポートレート撮影なんかしている人はいないので・・・けっこうお金はかかりますが、破綻なく生活できるのは生まれた時代が良かったとしか言い様がないのです。


②内田樹先生のブログから
http://blog.tatsuru.com/
2011/11/25『百年目』のトリクルダウン 
すこし長いけど引用します。(内田先生のブログは引用可なのです)

---ここから---

柳井のグローバル人材定義はこうだ。
「私の定義は簡単です。日本でやっている仕事が、世界中どこでもできる人。少子化で日本は市場としての魅力が薄れ、企業は世界で競争しないと成長できなくなった。必要なのは、その国の文化や思考を理解して、相手と本音で話せる力です。」 ビジネス言語は世界中どこでも英語である。「これからのビジネスで英語が話せないのは、車を運転するのに免許がないのと一緒」。

だから、優秀だが英語だけは苦手という学生は「いらない」と断言する。
「そんなに甘くないよ。10年後の日本の立場を考えると国内でしか通用しない人材は生き残れない。(・・・)日本の学生もアジアの学生と競争しているのだと思わないと」
「3-5年で本部社員の半分は外国人にする。英語なしでは会議もできなくなる」


「世界中どこでも働き、生きていける日本人」という柳井氏の示す「グローバル人材」の条件が意味するのは、「雇用について、『こっち』に面倒をかけない人間になれ」ということである。
雇用について、行政や企業に支援を求めるような人間になるな、ということである。 そんな面倒な人間は「いらない」ということである。 そのような人間を雇用して、教育し、育ててゆく「コスト」はその分だけ企業の収益率を下げるからである



ここには、国民国家の幼い同胞たちを育成し、支援し、雇用するのは、年長者の、とりわけ「成功した年長者」の義務だという国民経済の思想が欠落している。 企業が未熟な若者を受け容れ、根気よく育てることによって生じる人件費コストは、企業の収益を目減りさせはするが、国民国家の存立のためには不可避のものである。

---ここまで---

そうなんでよ。ユニクロの製品は好きでも、会社としてはあまり好きになれなった理由を上手く言ってくれています。今年の4月~9月まで、高校卒業して入社してきた新人に数学を教えていましたが、今の会社はまだ人を育てようというシステムが残っています。(それでも以前よりは一人当たりの教育費は減ってきていますが)


③ちきりんのブログから
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/
2011-11-28 今、私たちが読むべき本
ちきりんさんはとても頭の切れる方なので、彼女のブログは日々読む価値ありです。
ただ大企業における業務スタイルには非常に懐疑的なスタンスなので8割納得、2割うーんという感じですが・・・20~30代の人は納得度が高いと思います。


まさにBlueMonday┐( ̄ヘ ̄)┌