~つれづれなるままにヒグラシ~ 若き?しんまい坊さんだったギロウの吹く風まかせのお気楽エッセイへんろ(since 2004〜)
⁈ 最近どうもブログというのがはやっているということで関連のHPをのぞいてみました。すると「ブログ無料!」と書かれてあったのを見てブログってなんや??と思いながら「ただ=無料 無料=ただ」……‼︎ ということで、ろくに理解もないまま、とりあえず使ってみることにしました。ブログデビューってなんか今っぽくていいですね……。うちの寺は禅宗じゃないのに「雲水」とか使ったりしてかなりテキトーです。こころ思いつくままに(たまにきちんとしたのもやると思います……)自己満足の世界に入っていると思いますので、時たまのご来訪をお待ち申し上げます。since 2004
お盆参り7日目。お昼をお檀家様がされている田舎屋台うどん村さんにて、冷やしトマト🍅うどんを頂きました。細かく味付けした上で刻んだ赤玉葱の酢漬の塩っ気が、トマトと冷やしうどんにとてもマッチしておりました。暑い中でも、とてもサッパリと頂きました。いつも桜井方面のお盆参りの時のお昼はここで頂いています。日本ミツバチ🐝の蜂蜜🍯600gも買って帰りました。⭐️今回のメニュー○冷やしトマト🍅うどん 700円○舞茸と紅生姜の天ぷら 120円○生卵 60円○日本ミツバチ🐝の蜂蜜600g 2,800円
8月1日土曜日午前9時半から月一のお寺でヨガ🧘♀️講習会でした。阿部ゆかり先生がお教えくださいます。暑い中ですが、皆さまがんばって健康になっておられます。私は朝7時に出て、伊予三島から土居、新居浜市と旧西条市のお檀家様のお宅をお盆参りさせて頂きました。明日は松山市に参らせて頂きます。ありがたいことです。
7月30日京都の仁和寺様で用事があり、京都に訪れました。その前にいつも前を通るだけで通り過ぎていた太秦広隆寺にお参りしました。広隆寺は、蜂岡寺とも秦寺とも言い、山城国を開拓した渡来系氏族である秦河勝が開いたと言われる古寺です。国宝第一号として指定された、弥勒菩薩半迦思惟像は有名です。仁王門から見える境内は思った以上に広く感じました。門を潜ってすぐのところにある薬師堂。神仏習合の形をとった天部の薬師如来とは⁈どんな感じでしょう⁈聴いたことも見たこともありません。私もこの世界に長くいますが、天部の薬師如来像というのは、初めてです。薬師堂の屋根が結構傷んでます。講堂は、洛中最古の建物で平安時代に再建された当時の姿を今に伝えます。横から見た屋根の感じが、奈良の古寺を思わせます。金堂?にあたるお堂。聖徳太子が祀られているようです。秦河勝が開いたこのお寺。秦氏の氏神を祀ります。太秦大明神のお社。秦河勝と漢織女と呉織女を祀る。この後、宝物館へ。写真撮影禁止のため、写真はありません。嵐電の旅。いつも門前を素通りしていましたが、久しぶりの宝物館も拝観できました。知ってましたか?三条通りにある今の門は、昔の中門だったことを。南に下った四条通りに面して、本来の大門がありました。そこから広大な敷地境内地が広がっていましたが、明治政府によりその敷地が接収され、現在の境内面積へと縮小。現在、道路や家屋が立ち並ぶ広大な敷地に点在していた諸堂は取り壊されたために、現在の宝物庫に極めてたくさんの古仏群が収蔵されています。国宝第一号の弥勒菩薩半迦思惟像、もう2体の弥勒菩薩像のみならず、巨大な千手観音像3体、薬師如来とその眷属や大日如来・不動明王、聖徳太子、秦河勝夫妻の神像などのほとんどが飛鳥時代から平安時代、鎌倉時代にかけてのもので、それぞれ国宝と国の重要文化財などに指定されています。収蔵庫の管理者のおじさまに質問すると、いろいろ知らないことを教えてくださりました。宝物館の仏像を拝ませていただき、長らくしげしげと見つめさせていただきました。渡来系の氏族である秦河勝が建立したお寺ですが、現在は真言宗となっています。所蔵される仏さまに、とても歴史と風格を感じました。拝観が終わり、再び嵐電で御室仁和寺駅にて下車。とても暑い日でした。
本日、第3回目のサンアビリティ今治での写経講習会でした。暑い中、今回は17名中14名の方々がお越しくださりました。ありがたいことでした。その足で、今治市中央公民館へ。午後1時から行われる「中学生弁論大会」に保護司会がボランティアで運営スタッフを務めなければならないためで す。臨時駐車場🅿️の入り口で、日吉の保護司さんと2人で誘導係をさせて頂きました。ボランティアの仕事を終えて、一路京都へ向かいます。
7月15日午後1時から愛媛県松山市の小倉葬祭会館Agraさんをお借りして、四国四県の高野山真言宗の住職研 修会が開かれました。いつもは真言宗の教学などの講義が多いのですが、今回は①外国人技能実習生について②ハラスメントについての人権に関する活動を行っておられます専門家の先生方をお招きしての講習会でした。とても良い学びとなりました。ありがたいことです。
本日はサンアビリティ今治の夏期講座「初めての写経」第2回でした。今日の参加者様は、14名。暑い中をお越しくださり、最後は私のミニ法話を兼ねた与太話を聴いてくださりました。ありがたいことです。終わった後、すぐに舞い戻りお寺で四十九日の御法事とその後のご相談。終わって1時から後継がおられなくなるお宅の仏壇を拝みに行きました。400年以上続いた古いお宅なのですが、今の当主を最期に途絶えてしまうので、お位牌などをお預かりしました。埃を被っているお位牌を全て私が拭き掃除して綺麗にしてから、永代供養するための光蔵寺成菩提院供養堂にて安置しました。いつのまにか、蜘蛛の巣🕸️が彼方此方に張っているので、床下や外回り、屋根や壁の掃き掃除をしたら、すでに夕方。ついでにお預かりしているご遺骨をこの布で包んで欲しいとのご依頼もしておきました。汗💦でグッショリです。シャワー🚿で汗を流していましたら、お客様が来られ、慌てました😅よく考えたら、朝の自身のお勤め=修法から、ここまで隙間なく立て続けたので、朝昼何も食べておりませんでした。家が続かない時代に突入しております。寂しいですが、檀家・会員・利用者・ご縁のある方々が喜んで下さるように、損得に関わらず私なりにできることを精一杯努力して参りたいと思います。拝
今日は、光蔵寺史談会でした。メンバーの方々が、①熊野三山と高野山②明治二十五年の今治市街図と高縄半島の古地図③本能寺の変についてそれぞれ資料と共にご説明して下さりました。次は8月20日木曜日午前10時からの開催となります。
今年も始まりました。サンアビリティ今治の夏季講座「初めての写経」。全5回で、今日が初めての会です。7月3回、8月2回になっております。今回は今までで1番多い、17名の参加者となっております。終わった後、昨日大三島の入り日の滝で滝行をさせて頂きましたお話をさせて頂きました。ありがたいことです。
7月7日から8日に、東京と神奈川県におられる檀家様のお宅にご法事とお盆参りに参らせて頂きました。また、私の御詠歌の先輩で懇意にして頂いております、横浜市の般若院と鎌倉市の鎖大師青蓮寺を兼務なさられる御住職さまのお宅に2人目の孫さんがお産まれになられたとのことで、内祝をお届けさせて頂きました。これまで特によくして頂いてきました神奈川県の檀家様の同世代の息子様とも、いろいろお話できました。帰りの飛行機から雲海に浮かぶ富士山🗻の山頂を拝むことができました。ありがたいことです。
7月8日水曜日午後1時から光蔵寺の「写経の会」でした。今月は都合の良い方が多かったのか、大勢の方がお越し下 りました。ありがとうございます。来月は8月8日土曜日の午後1時からの予定です。
本日は、毎月一度のお寺でヨガ🧘の日でした。定員枠いっぱいの参加者でした。来月は、8月1日(土)午前9時半からです。初 めての方もいらっしゃるので、是非お申込み下さい。
また高野。5日間の滞在を経て、帰路に着いています。高野山大師教会本部の大講堂と高野山奥之院頌徳殿。どちらも、高野山内における布教師が滞在する場なのですが、よく見たら同じ造りをしていることに気が付きました。見慣れすぎて、そんな ことも気が付かなくなっているのかも知れません。
今日は高野山奥之院でした。いつも奥之院頌徳殿に入らせて頂きました折には、奥之院御供所にて昼食(ちゅうじき)を頂戴します。その際に、弘法大師様の朝食(あさじき)のお下がりを少しお分けして頂けます。今日のお 大師様の朝食の一品であった、「大和芋」の蒲焼を少しお裾分けして頂きました。この大和芋の蒲焼は、大変美味しゅうございました。控えを訪ねて下さいました、本山職員で現在奥之院に御奉職される渡邊智修さんが、「今日の朝食は、僕が作ったんです。大和芋じゃないと固まらないんですよ」と仰っるのをお聴きして、大変感心しました。お大師様の御口を経て、私の口に入るとは😅なんとも、大変ありがたいことです。
今日は雨です☔金剛峯寺宗務所内にあります新別殿にてお勤めです。私が新別殿に入らせていただく折は、雨が多いです。宿舎のある高野山大師教会から、傘を差しながら歩いて新別殿まで移動しておりますと、お知り合いの先生に呼び止められました。しかも、2人も。1人は横浜の方、もうお1人は西ノ宮の方です。どうやら、諸縁坊様の三寶院様にて北面大師像の修繕が無事に完成したことを祝っての、記念法会があるようです。朝からご縁がある方にお会いできて、嬉しいです。ありがたいことです。
お知らせ7月4日(土)午前10時から阿部ゆかり先生によります、お寺でヨガの講習を行います。毎月の第1土曜日の朝10時から行っておりますお寺でヨガ🧘♂️。ありがたいことに、昨年の7月にプレ講座を初めて開催してから、1周年を迎えました。年間を通じてのお申込みではなく、1回1回の予約定員制にしておりますので、継続されている方も、初めての方も、都合の良い月にお越し頂けます。また、年配の方々もできるヨガ🧘をお教え下さりますので、ぜひ一度お申込みください。定員12名1回につき1,000円です。
本日29日の午後から、7月3日の午後まで、高野山へ参ります。駐在布教の能化を勤めさせて頂きます。能化とは、本山布教師の者がお参りに来られた方々にお話を聴いていただいたり、傾聴活動をしたりしながら、在家の方々への教化を行うもののことを言います。1時から高野山大師教会の授戒堂の担当が割り当てられておりましたが、今朝難波駅から乗った南海電車の急行が、なぜか?中百舌鳥駅で停車したままいつまでも動かず。20分余りほど経った頃にアナウンスがあり、「線路の電気系統の故障のため、難波から堺東駅までは運行が休止となりました。堺東駅から高野山までは動いております。改札口を開けますので、お急ぎの方は駅を出て中百舌鳥から堺東駅まで行って下さい」どういうこと⁉︎駅を出て堺東駅まで行くってどうしたら?中百舌鳥は小さな駅でタクシーもいません。みなさん、ぞろぞろ炎天下の中を線路に沿って歩いております。一駅とは言え、歩くと30分ほどかかりました。汗だく💦 です。荷物を引きながらなかなか大変でしたが、何とか堺東駅へ到着。ダイヤがすでに無い状態。臨時の電車が間もなく駅に入るとのことで、予定より遅れること1時間ほどして、ようやく電車が到着し動き始めました。おかげで1時の座に間に合いません。もう20年余り高野山には通っていますが、こんなことはほぼ初めてでした。本山の方へは理由をお話しし、1時間余り遅れることをご報告しました。何が起こるか、分かりませんね。車で来た方が良かったでしょうか。ふー。
昨日は、保護師会の第四分区会主催の講演会でした。お手伝いで1日。今日は、保護師として地元の子供見守り活動の会。そして保護師の流れか?お願いされた警察共助員、そして薬物乱用防止指導員の総会などが続いております。保護師会から、中学生弁論大会のボランティアでも出てくれ、と言われました。明日は消防団の点検日。1つ1つは大したことなくても、あれもこれもとなると、ちょっとしんどいかも?ですね。少しずつ高野山真言宗やお寺関係の会を自分の中で縮小してきて、ようやくいくつかの事務局が外れたかと思いきや、地元の世話がなぜか?どんどん押し寄せてきます。しかも、あまり活動自体に充足感がない……かも。そろそろ、自身の時間を作る努力をします。自身の人生の時間も限られてきているので、捨てることも大切ですね。本当に自分が為すべきことはなにか?人のためも大切ですが、足下を見間違えないように本業にがんばっていきます。
6月22日月曜日午前9時より、今治市内のお宅の地鎮祭をさせて頂きました。写真は、全てが終わった後です。何度かお寺へ厄除けの御祈願に来て下さいましたご夫婦が、新居の地鎮祭をお願いして下さりました。大抵の場合は、神社の神主さんが地鎮祭をされることが多いでしょうが、神仏習合の地鎮祭となりました。御流神道などを参考に、神道立ての作法に仏様への御法楽を合わせてさせて頂きました。本当に時折ですが、地鎮祭をさせて頂かかとがあります。毎日、稲荷明神様も礼拝しておりますので、祓詞と神拝詞も覚えました。今回、その祝詞も入れさせて頂きました。指名して下さるのは、本当にありがたいことです。拝
月一回の光蔵寺史談会。今月は、6月18日木曜日の午前10時からでした。会員の山本さんが、先月に伊勢神宮と中国観音霊場の明王院にお参りされたとのことで、資料を作ってファイリングして人数分持ってきて下さりました。とても助かります。せっかくなので、今回はその資料の説明をしていただきました。次回は、7月16日木曜日午前10時からの開催となります。お寺でやっているにもかかわらず、仏教についてのことをほとんどお話していないので、日本仏教についてのお話をしたいと思います。ぜひ一度ご参加お申込み下さい。
岩礁に満潮時の水位の高さが見て取れます。案内看板やパンフレット(私は持ってないですが)には、藤堂高虎がこの島を整備したことが記されます。これを見た人は、甘崎城=藤堂高虎となるでしょう。しかしながら、事実はそうではありません。実際には、藤堂高虎がこの伊予国にやってくる以前より、 この島には甘崎城は存在しています。そこかしこに支柱のピット跡があります。数少ない河野家の家伝記類の1つである「予陽盛衰記」の中の「三島諸式の事」の項の中に、この甘崎城についての記述があります。そこに記される甘崎城主の名は「嶋」氏です。嶋氏は、村上水軍の能島水軍当主・村上武吉配下の海賊衆の1人です。嶋氏は、この古城島を支配し、この海域の水道を行き交う船舶を管理しました。しかも、自ら「地頭神主」を名乗ったと記されます。要は、行き交う船から役目関銭や警固料を徴収する役目=地頭、その徴収した金銭や物品を三嶋明神へ奉納する=神主その2つの役目を合わせ持つのが、地頭神主としての嶋氏の役割であったということを意味しています。ただ島を取り囲むようにしてあった石積みは、日本の発展期における護岸工事などのために取り崩され、石は他の場所へ持ち出されてしまいました。そのため、ほんの一部の列石と石積みと支柱穴を残すのみとなっております。列石が浜辺を取り囲んでいます。帰る頃には、潮がずいぶん満ちており、ズボンがずぶ濡れになってしまいました。一緒に回りました、87歳の高橋さんの体力に驚きました次第です。ありがたいことです。