新幹線からの夕陽を眺めながら。
本日、茨城県守谷市にて檀家様の御葬儀の導師をさせて頂きました。3年前に、高齢になり1人置いておくこともできないため、今治市から娘さんのところへ移られたお母様の御葬儀でした。これも時代の流れで、檀家様も各地に散っており、近年、関東、関西、広島、福岡など御葬儀に参らせて頂きました。ご本人様から関東へ移るひと月ほど前にお電話を頂きました。「私が亡くなったら、住職さん、遠いけどそこまで来てくれるやろか?」「もちろん、参らせて頂きますのでご安心くださいね」「あぁ、これで安堵したわ」それから約3年が経ち、娘さんへの遺言もあり、その方との約束を無事に果たすことができました。そのお方は、今治市朝倉で生まれ育ち、その人生の大半を故郷で送られました。帰りの新幹線から、夕陽を眺めておりましたら、ふと、自身の人生に重ねていました。私はすでに自坊である光蔵寺の住職となっているので、当然今治市で亡くなると思い込んでいるのですが……、果たして本当にそうだろうか?人生、最後まで送ってみないと、それは誰にも分からないと、改めて悟りました。先人の背中を拝して、自身はどのように生きるのか?自身に問いかけました。