30日間小麦をやめてみた③~体の変化・体感まとめ。そこから得た視点
さて、30日間の実践でどんな変化を感じたのか。今、思いつくことを書き記します。1.意識的なところでは、昼間の眠気がなくなったこと、寝起きがよくなったことです。(眠気に関しては、手放しを進めることで違う理由で出てくるので一概に言えないのですが、こちらは割愛します)2.異常な食欲がなくなりました。これは盲点でした。”砂糖抜きで、血糖値の急激な上昇と低下がなくなることで次の食欲を抑えられる”。そういう砂糖からの角度で、異常な食欲がなくなることは体感したことがあったのですが、小麦も同じような、、、というか、ふだんからの砂糖摂取量が少なかったから顕著に現れたのかもしれませんが。食の改善を始めた頃に読んでいた、栄養士さんの幕内秀夫さんの本で書かれていた、小麦=砂糖で、”食パンやパンはケーキと同じだ”ということが今回腑に落ちました。現在でも、小麦は控えめのゆるグルテンフリー生活ですが、たまに、お腹は空いていないのにものすごくなにか食べたいものがあるとき、前日に食べたものを思い出してみると必ず小麦を食べていて、異常な食欲に一役かっていることがわかります。それが分かってからは、そういうとき、”ああ、昨日小麦食べたからだな”と、自分が本当に欲していないものに対する食欲のブレーキをかけるコントロールができるようになりました。3.乾燥が改善これも盲点。特に分かりやすいのが、唇でした。小麦を食べた翌日~翌々日は、”唇の皮がむけやすくなる”ことから。今まで、冬でもリップクリームやハンドクリームを塗らなくても大丈夫だったのは、ゆるグルテンフリーのおかげだったのだと気づく。美的観点から、きれいにしておきたい時はどちらも塗りますが(笑)、冬でもなしで全く大丈夫で、ハンドクリームもリップクリームも減らないのでものすごく経済的になりました。4.便秘に影響もともと便秘ではないのですが、便秘の方は少なからず小麦の影響もあるのでは?と感じました。自分の体感としては、小麦を食べると出にくい。という感覚です。これが、どこから起因するのかと考えると、3.の乾燥と同様の理由が浮き彫りになってきます。実践編で記述した書籍、”小麦は食べるな”に書かれていたことで、わたしたちの体は小麦を消化する際に、粘膜を先に消耗するそうで、この性質を考えると、唇の乾燥や大腸の粘膜などの箇所が、小麦を食べたときに真っ先に潤いがなくなる?と、解釈しています。その視点からいくと、口内炎もできにくくなりました。そして、当時完治していた花粉症に関しても、鼻の粘膜という観点からいくと、いわんや。です。5.胃の調子がよくなった4と同じ理由ですが、胃も粘膜ということで同じような結果になりました。自分の場合は、牛乳をやめてから、消化の際に負担がなくなったために胃の調子がよくなっていたのですが、さらに改善されました。たま~にあった、逆流、というか、胃液というか(笑)、そういうのが全くなくなり、逆流性食道炎などは(胃潰瘍も含め)、小麦と関係あるのではないか?と、当時は思っていました。(これも、1.の眠気と同様、感情との関係に起因することがあり、食だけでは語れませんが。)☆以上、現状で思いつく大きい変化でした。そのほか、書籍”小麦は食べるな”では、脳との関係性や、うつなどの話にも及んでいた気がします。が、ブログでは、敢えて読み返さず、自分が今落とし込んでいる部分のみを書かせていただきます。現在は、ここまでの厳格さはないゆるグルテンフリーに戻り、家族の食べたいものもありますし、この時ほど、”小麦ハンター”のように過ごしていません(笑)。しばらく厳格さを保っていたのですが、この後、手放し・クリアリングを始めてから、自分に厳しくなっていた自分に気づき、自分にやさしくするということをはじめました。バランスを持ちつつも、”食べたいものは我慢しない”ということ。その考えを取り入れながら不安や恐れを手放していくたびに、不要なおやつは食べたいと思わなくなり、自然に我慢することなく、必要でないものは欲しくなくなるというフェーズに戻ってきました。それを特に感じるのは、心が満たされているときで、”満たされる”というのは、外的な要因の”食”や、”物”などで満たされている状態ではなく、自分のやりたいこと・・現在でいえば、”このブログを書くこと”など。自分の内面が満たされているときに、不要なものを欲しなくなるという法則を感じています。そして、現在、この”小麦を取ったときの変化”をうっすらと感じながらも、余裕をもってそれを受け入れられるようになりました。両方を知り、自分の快適なバランスを見つけたことで、小さなことに左右されなくなったように感じています。それが、マクロビオティックでいう、陰と陽という二極でもなく、統合でいわれる、良い、悪いの二元でもなく、両方を受け入れた、”中庸”の視点に近づいたということなのかなあ~?と、思った今日この頃でした。