*五島美術館 | 美術館巡りの小さな旅

美術館巡りの小さな旅

カメラ片手に美術館を巡るお出かけや旅行をArtripと呼んで、ご紹介しています*


最近 遠征Artripの記事が続いていたので、時を数か月遡り、都内の記事も…*


4月29日~5月10日の間だけの、短い特別な公開期間。

駅から閑静な住宅街を歩いて向かう先には、上品で落ち着いた建築が待つ。

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その奥には、新緑が鮮やかに陽に透ける広大な庭園が広がっている。

1年でこの時期にしか展示されない、国宝「源氏物語絵巻」に会いに。


今回は、春に訪れた五島美術館についてご紹介させてください*


・・・・・・・


その日まで不安定な天候が続いていたけれど、やっと訪れた嘘のような晴天。
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真夏の高く青い空には敵わなくとも、家を一歩出て「これは日焼けする…」とたじろいでしまうほどの日差しは、庭園を擁するこの美術館を訪れるにはぴったりだった。

東急線の上野毛駅前から、以前食事したことのあるサンドイッチ店を過ぎ、少し進んだところで曲がる。
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そのまままっすぐ進めば、じきに大東急記念文庫が見えてきて、そのすぐ隣に五島美術館が鎮座している。
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訪れるのはたぶん3度目。
1度目は大学時代、同じく源氏物語絵巻公開の時期で、確か2010年の大規模改修より前だったように思う。

当時の様子を思い出そうと思ったけれど、どうにも記憶は断片的。

この五島美術館は、東急電鉄株式会社の元会長・五島慶太氏の日本・東洋古美術のコレクションと構想により設立された(五島氏自身は完成を前に亡くなられたというのが残念…)。
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敷地面積は6,000坪に及び、建物の奥に広がるのは石仏や茶室も点在する圧巻の和風庭園。
きっと、どの季節に訪れても楽しめる場所だ。

この日は一部の茶室で茶会が開かれていたようで、着物を着ている方々も多く見かけた。
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いざ入館。
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この時期の企画展は「春の優品展 —和歌と絵画—」
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開催期間は約1ヶ月ほどだけれど、そのうち「源氏物語絵巻」が展示されるのは会期終了間際の約10日間。

以前からばっちり日程を調べて楽しみにしていたため気持ちは逸るが、まずは書画をじっくり観ていく。


展示室に入るなり、まず目の前に現れる像に驚かされる。

●重要文化財「愛染明王坐像(あいぜんみょうおうざぞう)」(鎌倉時代前期・13世紀)
(※写真はございません)

こちらはその時々の展示に関わらず、ずっとこの場所に常時展示されている。

空間が少し手狭に感じるほどの威圧感と荘厳な迫力。
髪を逆立てた荒々しい形相ながら、一目見て、吸い込まれるような魅力があった。

背後には大きな日輪光、3つの目に6本の腕。

千手観音のような繊細でほっそりした腕ではなく、人間味のある丸みを帯びた、力強い腕。
それらが四方へ自由に伸びていて、今にも動き出しそう。

大きく高さのある蓮華の台座に座ってるのも印象的で、これだけのパワーを放っていながら、日輪光と台座のバランスのおかげで、全体は美しくまとまっている。

いつも仏像を前にするといろいろな感想も抱くし、そのオーラや造形に感銘を受けたりするのだけれど、今回はなんだか違い、純粋にとても「好き」な仏像だと思った。

今度は、この仏様に会うために、ここを訪れるのもいいかもしれない。


さて、本編の書や和歌は私にはまだまだ難しいけれど、そんな私でも知っている小野道風、藤原行成そして藤原佐理の三蹟や、本阿弥光悦、尾形乾山などの蒼々たる顔ぶれが揃い踏み。

更に、そこに俵屋宗達や尾形光琳などの絵画が合わさっていることで、よりキャッチーで興味深い展示だった。


印象に残ったものをいくつか…*

●「後鳥羽院本三十六歌仙絵 平兼盛像」鎌倉時代後期、13世紀・五島美術館蔵
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三十六歌仙の歌と人物像をセットで描いた作品。

他にも紀貫之像(重要文化財)や清原元輔像(重要文化財)などもありましたが、個人的にはこの絵と書のバランスが好み…*

濃淡もなく、色も少ないシンプルな人物像。
衣服の靡きやたゆみがリズミカルで、コンパクトなマスコットのようで可愛らしい。


本阿弥光悦 筆 伝 俵屋宗達 下絵「鹿下絵和歌巻断簡」
江戸時代初期、17世紀・五島美術館蔵
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本阿弥光悦と俵屋宗達(伝)の最強タッグ!

鹿が華奢な足で今にも飛び跳ねそう。
そんな躍動感の一方で、抑制的な色彩が書を引き立たせるように、下絵として上品にまとまっていた。


●尾形光琳「業平東下り図(伊勢物語富士山図)」江戸時代、18世紀・五島美術館蔵
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霞がかったような淡く白い画面に映えるカラフルな業平の一行。
配置も流れるようで美しく、気品のある筆致と色遣いに見惚れてしまう。

人物に使われるぱきっとした黒がアクセントになり、ぼんやりしてしまいそうな全体を引き締めている。

その他、冷泉為恭「十二ヶ月帖」(五島美術館蔵)は(確か)宮中での1年の行事を絵と書でひとつひとつ描いており、当時の習わしをじっくり知ることができて楽しめた。


そしていよいよ、源氏物語絵巻の待つ展示室2へ。

「源氏物語」は、もともとは古文の大学受験対策として、漫画版の「あさきゆめみし」と併せて高校時代によく読んでいた。

(※ 実際に、好きだったエピソードが一部たまたま学内テストや模試に出題されて嬉しかったことが記憶に残っている)

今は「勉強」とは関係なく純粋に楽しく鑑賞できるのもまた嬉しい。

なにより、この展示で良かったのは、加藤純子さんによる復元模写がそれぞれの作品の隣に展示されていて、損傷の激しい作品でも、描かれた当時の細かい描写までもを知ることができたところ(著作権保護により以下には掲載しておりません)。

また、今期展示の出展作品一覧とは別に、源氏物語絵巻のみ別の用紙が準備されていたので、それと併せて見るとよりわかりやすく、理解が深まった。


五島美術館が所蔵する源氏物語絵巻は「鈴虫一」「鈴虫二」「夕霧」「御法」の4点。

復元模写と原本、両者をじっくり見比べながら鑑賞。

今回は、そのうち印象的だった2点を。

●国宝「源氏物語絵巻 夕霧」平安時代後期、12世紀・五島美術館蔵
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夕霧は光源氏と最初の正妻・葵の上との間の息子。

華やかな女性遍歴を持つ父・光源氏とは異なり一途(不器用といったほうがいいのか)に育った夕霧は、ある時初めて妻(雲居の雁)以外の女性・落葉の宮(夕霧の親友・故 柏木の未亡人)に思いを募らせる。

落葉の宮の母君からの文を読む夕霧の後ろから、やきもちを焼いた雲居の雁が文を取ろうとする場面(このあと夫婦は大喧嘩…)がここでは描かれている。

落葉の宮に頑なに拒まれ続けた夕霧だったけれど、仲を誤解した落葉の宮の母君はそれを気に病み亡くなってしまい、読んでいてとてももどかしく悔しい思いもした帖だった。

(そもそも夕霧の親友・柏木が光源氏の妻・女三宮に惚れ込んだ末に、落葉の宮を残して亡くなってしまったのが悲劇のはじまりだ…と柏木への苛立ちがこみ上げる、と言いつつ、個人的にはそんな柏木の、才能と知性がありながらどうにも繊細すぎるダメ男感が好きだったりする)

思うことは多々あれど、このシーン単体を絵で観てみると、少し可愛くも見える。

夕霧と妻・雲居の雁は幼少期から互いに一途に思い合っていた仲で、本当に仲睦まじい(こういったヤキモチも素直に表現できてしまう)夫婦であることがわかっているからこそ、このシーンを微笑ましい目線で観られる部分もあるかもしれない。

右下で二人の様子をうかがっている侍従たちもなんだかコミカルで、天井を取っ払ったこの伝統描法だからこその、シーンの面白みが伝わる構図だ。

(実際はこれら一連の騒動後、雲居の雁は実家へ帰ってしまうなどかなり険悪にもなるのだけれど、夕霧の不器用なキャラクターは憎めず、はらはら、いらいらしながらも読んでしまうのである)


●国宝「源氏物語絵巻 御法」平安時代後期、12世紀・五島美術館蔵
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光源氏 最愛の人・紫の上の臨終の場面。

肩を落とす光源氏と、娘・明石の中宮(光源氏と明石の君の間の娘で、紫の上が養女として育てていた)。

右手奥が紫の上、右下が明石の中宮だが、大きく開いた左の空間が、紫の上を失ったあとの源氏の空虚さや孤独を暗示するようで、静かでありながら劇的な場面構成となっている。

ここに至っては、その生が少しでも永く続くよう祈るしかない虚しさと、同時に時代の奥ゆかしさが混ざり合うように目の前で展開して、言葉を失う。

この3人以外に登場しない簡素な構図に、人の最期の在り方を思う。

うなだれる光源氏に対し、御簾や庭などの事物は整然と、静かに並ぶ。
どこにもやりようのない絶望感が、画面一体に充満しているかのようだった。


色々と読み込んできた源氏物語なだけに、画面から伝わるもの以上の想いを重ねてみてしまう訳だけれど、それはそれで見方のひとつ。

遠い昔に紡がれた物語と、描かれたシーン。

それが色は褪せながらも今目の前にあること、そして静かな環境で対峙できたこと(時間のせいもあったかもしれないが、空いていて驚いた)にただじんわりと感動を覚える鑑賞だった。


展示室を出たら、庭園へ。
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陽光に透ける葉が眩しい。
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茶室が点在。
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藤は見頃を過ぎていたけれど、やはりこの上品な紫は幸せな気持ちになる。
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色とりどりのつつじが咲く。
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中には古墳も。
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「ここから富士山が?!」と矢印の向きへ振り返ってみたが、残念ながらそれらしきものは見つけられず…
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雲一つない快晴の日でないと見えないのか、今はもうビルなどに隠れて見えないのか…?

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門をくぐるたび、なんだかあらたかな気持ちになる。
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可愛い二匹の像。
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都心にいることを忘れる、落ち着いた和風建築と庭園。

同じく広大な庭園を擁する根津美術館には洗練された和の風情があるが(記事はこちら)、この五島美術館にはよりのどかな時間の流れがある気がする。
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閑静な住宅地で、遠い時を想いに。

また来年も、もちろん源氏物語公開時期以外にだって、その上質なコレクションに何度でも会いに来たい。


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いつも美術館めぐり—Artripをご覧頂き、有難うございます♪

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