幻聴さん。あの人ってね、大学入試のときの試験の控え室で前後に並んだ人とか、初めて飛行機に乗ったときに、自分よりこわがっていた隣の人とか、そういう人に「大丈夫ですよ」って声をかけられる人だったの。


ティーンエイジか、二十歳になってばかりの頃ね。


その話を聞いて、あの人って本当は優しい人なのかなって思ったの。


そうなのですか。その頃の優しさを持ち続けて亡くなったのですね? そんな気遣いを受けたら、僕だったらキュンキュンするかも分からないです。


それで
──結局にいにいさんの優しさを解ってあげられたのは、むつみさんだけだったのですね?


だから、わたくしから逃げるように死ななくても良かったのよ。大笑


むつみさん??


──大丈夫よ。
あの人は死ぬ直前まで、人として大切なのは優しさだって言ってた。人が100の優しさを発揮するのは大変だけど、ひとりひとりが、0.1パーセントの優しさを発揮したら、世界が変わるって。


優しさって無償の心の働きだから、欲にまみれることなく発揮できるし、ひとと繋がることができる感情の中で、いちばん素敵なものが優しさだっていうのが、あの人の考え方だったわ。


それは愛ですか?


わたくしは愛なんて分からないわ。神さまの愛は理解できないし。


100日のワニの話は?


死ぬまでにあの教訓を活かせられなかったら、あの話がどんなに注目されてきたんだとしても、ただのブームじゃないかしら。


僕は片想いのひとから、素敵な絵本を教えてもらったのですが。


そうなの。大切にするのね、その絵本たちを。


はい、勿論そうします。


その本たちが語っていることは、あなたの大切なひとが語っていることだから。