欠乏・欠損 | ペットボトルとあきカンと

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営業さんのこと。

会社に入った当初(昨年の5月~今年の3月)は、『会社のひと』のうちひとりだけ、わたしをちいさな子供ばりに精神的にたくさん甘やかしてくれて、わたしは彼になついた。

唯一の女の子の友達(5つ上)や、お父さん・お母さんが、わたしのことを『幼い・守る対象』として心配して優しくしてくれるのに似ていた。


精神的な餓え。餌をくれる彼。主従。
やさしくしてくれるのが嬉しくてうれしくて、大好きだった。

わたしは『資格のない事務』で、専門知識以外の部分(仕事のハードさ(当時は外回りが多くて体力的に)と社内の人間関係)で辛いのを、いつも心配してくれた。すぐ言葉をかけてくれた。緊張しどおしで・寂しくて・疲れていて、やさしくしてくれるおとなが欲しかったわたし。
ようちえん児が、優しい先生を大好きになるような感じで、わたしは彼が好きになった。



つまりそれは、男のひととしてでなく、あくまで『ものすごくやさしい会社の上司』として。



繁忙期が終わったまさにそのとき、疲れきっていて・飲みに誘われて、飲めるだけのんでへろへろに酔いがまわった状態でいきなり性的なことをもとめられて、淫乱なわたしが普通に応じてしまって、そういう関係になって以降。


(はじめは、偶発的な交わりでしかなくて、今後も会社のひと以上になりえないから大丈夫、ともおもっていたけど、数えればもうセックスだけで5回)

やっぱりこのひとが好きだなぁと思うときと、もう関係を発展させてはいけないのかな、と思うときがある。

好きな気持ちと、『ストップ!』の気持ち。何だか会うたび・そのとき時割合が激しくうごいて、混乱する。


『会社の男性』なら全然どうしても構わない部分でも、『性的関係を持つ・将来的に結婚・子供をつくることを考える男のひと』には許容できないことってある。


例示すればきりがない。


それは、前提条件として一回り歳が違うことだったり、金銭感覚(40前でほとんど貯金ゼロ・家と車はローンで購入済みのうえ趣味が賭け麻雀)とか、趣味とか興味の対象とか、言葉・服装のセンスとか、デートの行き先とか。

(全部彼任せで、口に出すこともできず不満におもってしまうわたし。提案したりできないくせに)

『しっくりこないなぁ』という感じ。


しょうがない部分はある。
わたしにあわせるために彼は生きてきたのではない。
わたしは、彼にあわせるために生きてきたのではない。

違うひと感。
同僚なら、だいすき。
やさしいひと。


わたしは、趣味の範囲は広い。
サブカル・男性寄りのもの(麻雀は打てるし、『龍が如く』は3までプレイしている)も好きで、25歳女の平均からは、経験・知識・語彙はかなり外れていて、『普通の同年代女』と話していてもちぐはぐ。
彼女らが知っていること(同年代の彼や友達とどうやって遊んだりするのか)をわたしは知らないし、わたしが知っていること(本や映画・漫画みたいなサブカルチャーだったり、雑多で色々な、まあ色々)を彼女らは知らない。

一回り上の男性と話す方が、同い年の女の子よりもずっとリラックスできる。

それでも、彼と『趣味があう』と思うことはほとんどない。

そういうひとと、例えば事故的に妊娠したのがきっかけで結婚することは可能なんだろうか?

…いや、もうわからんわ。

次のセックスで、万一『命中』したなら、わたしはおろさずに生むと思う。

事情をはなして結婚を求められればたぶんするし、逃げられてもふつうに実家・未婚で生むと思う。お母さんに、『ここで赤ちゃんを生んで一人で育てたいです』ってお願いして。ぎりぎりあと5ヶ月くらい普通に働いて、そっと仕事をやめて。

華々しく結婚式なんて死んでもしたくない。

わたしは出産少し前に会社を辞めて、彼の家か、実家か、最悪どっかの1LDKを借りて住んで、子供をうんで。
大事に大事に2年くらい育てて、それからまた働いて。

わたしは、自分自身は、明日死んでも・90歳で大往生しても、どっちでもいい。

だってもう、精神的には、数えきれないくらいに小規模な死を体験してきた。

ただ、生命をうけたからには、できれば一個体、次の世代をつくってから消えたいよ。

『わたしが世界に求めること』は、もう本当に、それほどないです。



前のデートで、彼を好きだと思ったとき。

台風で海にはいけなかったけど、何度も海にいこうといわれて『あんまり人がいない海ならまぁ』とかワガママをいうわたしのために、穴場的なビーチみたいな行き先を調べたり・いろんな段取りや道具(ステレオだの椅子だの浮き輪だの)の準備をしてくれていて、『あー、このひと、わたしと海にいくことを楽しみにしていてくれたんだなぁ』と思ったとき。


わたしのこと、性的な対象としてだけじゃなくて、わたしといっしょに過ごしたいなぁ、って思ってくれていたのかなー、そんな感じ。


…会社のひととして完全に心を許してなついていたのに、不意打ちみたいにいきなりセックスにもちこまれて、わたしは、実は傷ついていたのかな。いままでの精神的な依存が、裏切られたみたいで。




直接的な・快楽の伴う生殖行動(挿入中)よりも。

事前と事後。

とろとろとキスしたり、だっこされたり、着衣に膝に抱かれて優しくいいこいいこされたり。

快楽につながるあれこれじゃなくて、安心するためのいろんなからだのふれかたをされると、わたしはうれしくなるのです。

小さい子にするみたいにしてほしい。

事後のベットでだかれているとき、わたしのふだんの寂しさややるせなさがふわふわ消えて、安心した気持ちになって、おもわず彼の首に、ふわふわと何度もキスした。甘えた声で、いろんなことをしゃべってみた。

今度いってみたい。事後がいいかな。

『わたしは25歳だけど、こころは5歳のままなんてすよ』
5歳のおんなのこにするみたいに、あまやかしてほしいです。
何でも言われたことをするから。
性的なことでも、何でも。




…ああ、なにかが欠けた・補完されないまま、異常な25歳になってしまったんだなあ。
でも、それは、じつは猫を飼えば満たされてしまう感じの精神的欠乏・欠損なのかもしれません。

…。

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