ブログである。
久しぶりに書いているので感覚を思い出せないがブログである。
ブログを書いていない期間、留年をしそしてやっとこの3月に卒業をする。28歳大学生、やっとそれが終わる。
28歳大学生は案外辛かった。
飲み屋では「親のスネかじれるだけかじってるモラトリアムなんですよ〜」なんて笑ってごまかしていたけど、全然笑えなかった。当たり前だ。一緒に育ってきた友達はみんな就職してるし、結婚したり子供産んだりしてる。その中で私はまだ大学生なのだ。なんにも進んでないしなんにも成し遂げてないのに、自尊心だけが肥大していっていた。
ある日の夜道で、ああもうここで轢かれちゃおっかなとふらふらと車道に出た。通りの向こう側で車が雨水を切る音を聞いた瞬間に、自称大学生って言われるのかなと過って馬鹿らしくなってやめた。死にたくなったのも死ぬのをやめたのも肥大した自尊心からだった。死ぬのはやめて虎になりたいなと思った。でも漢詩読めないし、無理だなとか考えて、一人で笑った。惨めだった。
留年して暇な期間はよく裁判の傍聴にいった。平日の昼間にしかやっておらず、こんな機会でもなければなかなか傍聴できぬだろうと思い立ったからだ。それに無料で一日中、自分のことを考えなくて良い時間を提供してもらえるのもちょうどよかった。目立った事件を傍聴してないからか、それはドラマで見るよりもずっと事務的でなんだか拍子抜けした。事務的に淡々と人生が処理されていくのは不思議な感じがした。はじめに感じた違和感は徐々に薄れていき、見慣れてくると人生なんてそんなに大きなものじゃないのかもしれないとも感じるようになった。人生が何にも決まっていない人間が、人の人生が決められていく瞬間をいくつもいくつも見続けていく行為にはいつもおかしな面白味がつきまとった。傍聴席は大抵ガラガラで、関係者らしき人と私のようなよくわからぬ身分の人がちらほら散見されるだけだった。そういえば、みんなはなにを思いながら傍聴していたのだろうか、今になって少し気になる。
卒業できて本当に嬉しい。卒業できたからと言って人生はまだ決まらない。今後こんな人間になりたいとかもわからない。こんなこと書いたらバチが当たりそうだけど卒業できたことをみんなに感謝とかも実はそんなに思えてない。轢かれなくて、虎にならなくてよかったなとだけ思う。