やったー日本優勝!!
サッカー日本女子代表“なでしこジャパン”が、ドイツ・フランクフルトで女子ワールドカップ(W杯)決勝戦を戦い、PK戦の末にアメリカを破って初の世界一の座をえた。
見ていた皆さんにはどうみえただろうか?
今日はすごく長文なので、どうぞお許しを。
今日はすこし変わった視点、アメリカの視線で今回は書いてみようと思った。
アメリカにしてみれば、今日の試合は一番最悪のシナリオだったように思う。
中継の画面を見ているだけでも、殆どの場面でアメリカの選手の方が日本の選手よりも数が多かった。
複数の選手がボールに寄せ、攻撃に転じればこれも広く速く動きボールを大きく動かす。
攻守の切り替えが非常にはやく、なでしこジャパンを子ども扱いにしているようだった。
画面上で少なくとも日本陣内1/3以外はアメリカ選手だらけだったかのように見えるのだ。
その動きで前半開始25分間は圧倒的に攻め立て非常に多くの決定機を作り出した。
ところが、シュートはゴールポストに嫌われたのを含めGK海堀あゆみの好守に阻まれ続ける。
アメリカはこの試合いつも通りに勝って当然と思っていただろう。
それくらい、日本は負けを認めざるを得ない内容ではじまった。
だが、なぜか前半を終えた時点でのスコアは0-0のままだった。
後半に入ると、アメリカは監督が動いた。チェニーに代えて、チーム最年少のモーガンを投入した。
チェニーは十分機能していた。いやむしろすごく良かったと思えた。
でも交代した。
これはスンダーゲ監督にしてみれば、チェニーがゴールを決め切れなかったという
「今日はチェニーの日ではない。」
というむしろジンクスめいた方が気になったのではないか。
つまり、彼女がからむ今日の攻撃ではなぜかゴールを決めきれないといった判断だった様に見えた。
正直に言ってあれだけの攻撃をしていればそのうち点は入ると思い、手を打つ必要もなさそうだが、アメリカ監督としてはここで何か手を打たなければこのまま点が入らないとさえ感じたのではないか。
たんなる見た目、想像、妄想でしかないが、ここに絶対に勝つというメンタリティーから勝てなかったら困るという感じにすこし変わっていく感じ。
この感覚、嫌な予感というやつである。
弱いチーム、選手が、強豪選手、常勝チームを大番狂わせでやぶることをジャイアントキリングという。
これが起こる多くの場合は、この「嫌な予感」に選手達がおそわれることにある。
サッカー男子代表が、バーレーンやカタールといった絶対に勝たなくてはいけないアジアの「格下」チームにリードされているとき。
後半の終盤になって「ひょっとしたらこのまま」とスタジアム全体が考えてしまう。
といえばアジア予選などを思い出して「ああ」と思う人もいるだろうか?
選手達はみるみる堅くなっていき、一秒一秒自分がらしさを失っていくような感覚だ。
この嫌な予感はやっかいで、一度誰かに感染すると、どんどん感染が広がるのだ。
そうすると選手達の判断力、大胆さはどんどん失われ簡単なことがどんどん難しくなる。
じーらは、まずこの予感に感染したのはアメリカのスンダーゲ監督ではないかと思う。
動かなければ、動かなかったで監督は批判されるのだが、スンダーゲ監督と佐々木監督ではその表情にあまりにも違いがあった。
それはチャンピオンと挑戦者といえば簡単だが、それ以上に、「日本には負けないはずなのに、どうして前半でリードしていないんだ??」
という感覚が欧米人特有の格下をなめてかかる精神状態に大きく揺さぶりを掛けていたように見えた。
そしてそれは何時しかアメリカ選手にどんどん感染していく。
同点にされるまえに、もし同点にされたらPKになってこの圧倒的な優位さはPKという時の運のような勝負になってしまう。という恐怖感。
いままで二回も勝ち越していたのに。という事実に対するああしていたら、こうしていたらという”たられば”。
実際に、アメリカGKのソロ選手は、日本は何か強大な力に守られているかのようだった。
と述べたという。
こんな「悪い予感」の感覚はどんどん選手達をむしばんでいく。
体力を使い果たした選手達に悪い予感への抵抗力、免疫力は皆無に等しかっただろう。
PKを蹴る選手達、ボールを置くときの表情の違いはアメリカと日本では明らかだった。
アメリカの選手は2人目まであきらかに動揺しているのが目にとれる。
一方の日本人選手は、むろん佐々木監督がそのような冷静な選手を選択していたのだろうが、どのキッカーも普通の顔をしていた。
もちろん彼女たちもとうぜん緊張するし、当然いろいろ考えるのである。
だがそこに「嫌な予感」が大きすぎれば彼女たちの筋肉は思い通りには動いてくれなくなる。
当たり前に決まるPKはこうして日本人選手達のほうが多く決めることができた。
アメリカは技術、能力は勝って当然のチームだったかもしれないが、その内面は敗者そのものだったのかもしれない。
もう一点。
日本には澤がいる。
そう感じさせた大会だった。
最後の同点ゴールを思い出してみる。宮間はGKの負傷治療の間に阪口と澤と簡単にうちあわせをした。そしてこの時点で澤にニヤにけることを告げる。
二人に告げることでマークを分散することが出来、澤はトップスピードでボールのくるであろう場所に走っていくことができた。
マークを振り切り、宮間に視線を言っているDFの死角から走り込んでくる澤。
角度を変えられた運命のボールはアメリカの守護神、世界一の女子GKといわれるソロ選手の壁をぶち破った。
聞くところによると、あのパターンは所属チームでも苦しいときに澤選手が決めてくれる得意の形らしい。
「苦しいときには澤さんがあの形で決めてくれる印象がある」そういうインタビューだった。
その信頼感は間違うと時にはワンマンチームになってしまう。まずヒデにボールを預けないと。
一昔前の男子日本代表はそんな強迫観念すらみられた。
が彼女は前で引っ張るだけでなく後ろにもどっしり構えて若手をのびのびプレーさせる度量もある。
カズとヒデに長谷部や遠藤も混ぜたような日本の象徴。MVPは当然の選出だった。
さあ、とにかく快挙だ。
未来永劫日本はW杯優勝チームとして歴史に名前を残す。
女子の優勝トロフィーは毎回作り直すそうなので、あの澤達が掲げたトロフィーは永久に日本に残るという。すごいことだ。
がそれ以上に彼女達のもたらしたモノは大きい。
一番は、いま我々や、選手達がもっている世界一という感覚。
この感覚、勝者のメンタリティーはきっと男子を含め他の世代のサッカー選手に多きく影響を与える。
いままでW杯決勝という舞台などだれも想像できなかったのだ。
そしてそこで勝ってW杯を掲げることなどあり得ないことだったのだ。
それをやってのけた選手がいて、それを応援することができた我々もすこしだけ今後サッカーを見る目が変わってくる。
おそらくこれからの女子サッカーも変わっていくだろう。
多くの勇気と希望を与えてくれた。
こころから選手達におめでとうとありがとうの感謝の気持ちを伝えたい。


サッカー日本女子代表“なでしこジャパン”が、ドイツ・フランクフルトで女子ワールドカップ(W杯)決勝戦を戦い、PK戦の末にアメリカを破って初の世界一の座をえた。
見ていた皆さんにはどうみえただろうか?
今日はすごく長文なので、どうぞお許しを。
今日はすこし変わった視点、アメリカの視線で今回は書いてみようと思った。
アメリカにしてみれば、今日の試合は一番最悪のシナリオだったように思う。
中継の画面を見ているだけでも、殆どの場面でアメリカの選手の方が日本の選手よりも数が多かった。
複数の選手がボールに寄せ、攻撃に転じればこれも広く速く動きボールを大きく動かす。
攻守の切り替えが非常にはやく、なでしこジャパンを子ども扱いにしているようだった。
画面上で少なくとも日本陣内1/3以外はアメリカ選手だらけだったかのように見えるのだ。
その動きで前半開始25分間は圧倒的に攻め立て非常に多くの決定機を作り出した。
ところが、シュートはゴールポストに嫌われたのを含めGK海堀あゆみの好守に阻まれ続ける。
アメリカはこの試合いつも通りに勝って当然と思っていただろう。
それくらい、日本は負けを認めざるを得ない内容ではじまった。
だが、なぜか前半を終えた時点でのスコアは0-0のままだった。
後半に入ると、アメリカは監督が動いた。チェニーに代えて、チーム最年少のモーガンを投入した。
チェニーは十分機能していた。いやむしろすごく良かったと思えた。
でも交代した。
これはスンダーゲ監督にしてみれば、チェニーがゴールを決め切れなかったという
「今日はチェニーの日ではない。」
というむしろジンクスめいた方が気になったのではないか。
つまり、彼女がからむ今日の攻撃ではなぜかゴールを決めきれないといった判断だった様に見えた。
正直に言ってあれだけの攻撃をしていればそのうち点は入ると思い、手を打つ必要もなさそうだが、アメリカ監督としてはここで何か手を打たなければこのまま点が入らないとさえ感じたのではないか。
たんなる見た目、想像、妄想でしかないが、ここに絶対に勝つというメンタリティーから勝てなかったら困るという感じにすこし変わっていく感じ。
この感覚、嫌な予感というやつである。
弱いチーム、選手が、強豪選手、常勝チームを大番狂わせでやぶることをジャイアントキリングという。
これが起こる多くの場合は、この「嫌な予感」に選手達がおそわれることにある。
サッカー男子代表が、バーレーンやカタールといった絶対に勝たなくてはいけないアジアの「格下」チームにリードされているとき。
後半の終盤になって「ひょっとしたらこのまま」とスタジアム全体が考えてしまう。
といえばアジア予選などを思い出して「ああ」と思う人もいるだろうか?
選手達はみるみる堅くなっていき、一秒一秒自分がらしさを失っていくような感覚だ。
この嫌な予感はやっかいで、一度誰かに感染すると、どんどん感染が広がるのだ。
そうすると選手達の判断力、大胆さはどんどん失われ簡単なことがどんどん難しくなる。
じーらは、まずこの予感に感染したのはアメリカのスンダーゲ監督ではないかと思う。
動かなければ、動かなかったで監督は批判されるのだが、スンダーゲ監督と佐々木監督ではその表情にあまりにも違いがあった。
それはチャンピオンと挑戦者といえば簡単だが、それ以上に、「日本には負けないはずなのに、どうして前半でリードしていないんだ??」
という感覚が欧米人特有の格下をなめてかかる精神状態に大きく揺さぶりを掛けていたように見えた。
そしてそれは何時しかアメリカ選手にどんどん感染していく。
同点にされるまえに、もし同点にされたらPKになってこの圧倒的な優位さはPKという時の運のような勝負になってしまう。という恐怖感。
いままで二回も勝ち越していたのに。という事実に対するああしていたら、こうしていたらという”たられば”。
実際に、アメリカGKのソロ選手は、日本は何か強大な力に守られているかのようだった。
と述べたという。
こんな「悪い予感」の感覚はどんどん選手達をむしばんでいく。
体力を使い果たした選手達に悪い予感への抵抗力、免疫力は皆無に等しかっただろう。
PKを蹴る選手達、ボールを置くときの表情の違いはアメリカと日本では明らかだった。
アメリカの選手は2人目まであきらかに動揺しているのが目にとれる。
一方の日本人選手は、むろん佐々木監督がそのような冷静な選手を選択していたのだろうが、どのキッカーも普通の顔をしていた。
もちろん彼女たちもとうぜん緊張するし、当然いろいろ考えるのである。
だがそこに「嫌な予感」が大きすぎれば彼女たちの筋肉は思い通りには動いてくれなくなる。
当たり前に決まるPKはこうして日本人選手達のほうが多く決めることができた。
アメリカは技術、能力は勝って当然のチームだったかもしれないが、その内面は敗者そのものだったのかもしれない。
もう一点。
日本には澤がいる。
そう感じさせた大会だった。
最後の同点ゴールを思い出してみる。宮間はGKの負傷治療の間に阪口と澤と簡単にうちあわせをした。そしてこの時点で澤にニヤにけることを告げる。
二人に告げることでマークを分散することが出来、澤はトップスピードでボールのくるであろう場所に走っていくことができた。
マークを振り切り、宮間に視線を言っているDFの死角から走り込んでくる澤。
角度を変えられた運命のボールはアメリカの守護神、世界一の女子GKといわれるソロ選手の壁をぶち破った。
聞くところによると、あのパターンは所属チームでも苦しいときに澤選手が決めてくれる得意の形らしい。
「苦しいときには澤さんがあの形で決めてくれる印象がある」そういうインタビューだった。
その信頼感は間違うと時にはワンマンチームになってしまう。まずヒデにボールを預けないと。
一昔前の男子日本代表はそんな強迫観念すらみられた。
が彼女は前で引っ張るだけでなく後ろにもどっしり構えて若手をのびのびプレーさせる度量もある。
カズとヒデに長谷部や遠藤も混ぜたような日本の象徴。MVPは当然の選出だった。
さあ、とにかく快挙だ。
未来永劫日本はW杯優勝チームとして歴史に名前を残す。
女子の優勝トロフィーは毎回作り直すそうなので、あの澤達が掲げたトロフィーは永久に日本に残るという。すごいことだ。
がそれ以上に彼女達のもたらしたモノは大きい。
一番は、いま我々や、選手達がもっている世界一という感覚。
この感覚、勝者のメンタリティーはきっと男子を含め他の世代のサッカー選手に多きく影響を与える。
いままでW杯決勝という舞台などだれも想像できなかったのだ。
そしてそこで勝ってW杯を掲げることなどあり得ないことだったのだ。
それをやってのけた選手がいて、それを応援することができた我々もすこしだけ今後サッカーを見る目が変わってくる。
おそらくこれからの女子サッカーも変わっていくだろう。
多くの勇気と希望を与えてくれた。
こころから選手達におめでとうとありがとうの感謝の気持ちを伝えたい。

