数学の話をしようと思う。

この1行でブラウザを閉じる読者は多いかも知れない。いや、きっと多いだろう。たいていの人は数学に興味がないし、少なからぬ人は学生時代の暗い過去を思い出すだろうから、そうに違いない。そんな日本中の反対を押し切ってあえて数学の話をする。その動機は、今晩、NHK総合チャンネルで数学の番組が放送されるので、それに対抗しようというわけである。番組名は、
「NHKスペシャル 数学者は宇宙をつなげるか? abc予想証明をめぐる数奇な物語」
である。
※ NHK総合 4/10(日) 21:00-22:00、再放送は 4/14(木) 1:00-2:00
※ NHK BSプレミアム 完全版は 4/15(金) 23:00-24:30






「abc予想」は一昨年ニュースになったので記憶に新しい。そんな人はほとんどいない。ニュースは、
「京都大学望月教授、abc予想を証明」
とかだっただろうが、こんな見出しは10秒以内に忘れられる運命にある。そもそも「abc予想」なんて知らんし。

「abc予想」は望月氏が構築した「宇宙際タイヒミューラー理論」とやらを使って証明できるとのことである。この理論に関しては、望月氏本人が一般の人が分かるように説明しているので、その文を掲げておこう。


「この理論は一言で言うと、自然数と呼ばれる普通の数の足し算と掛け算からなる複雑な構造をした数学的対象に対して、その足し算と掛け算という2つの自由度を引き離して解体し、解体する前の足し算と掛け算の複雑な絡まり合い方のおもだった定性的な性質を、一種の数学的な顕微鏡のように脳の肉眼でも直感的に捉えやすくなるように組み立て直す数学的な装置のようなものです」

これを読めば、
「なーんだ、そういうことか」
と分かる。そんな人はほとんどいない。上の文は宇宙語のように聞こえる。
「足し算と掛け算を解体するって、なんですかー?」
「そもそも、一言で言ってないんじゃね?」
と、読者はもっともな不満をぼそぼそと口にするのが関の山だろう。




そこでワタクシの登場である。と偉そうに言っているが、読んだばかりの、
「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」
がネタ本である。




本のタイトルにある「IUT理論」とは、上に書いた「宇宙際タイヒミューラー理論」のことである。1スクロール以上前に出て来たそんな意味不明な言葉は忘れた人も多いと思う。まず分からないのは「宇宙際」という言葉だろう。「際」は「国際」の際で、国際=International の意味が「国と国の間の」であるのと同様、宇宙際=Interuniversal は「宇宙と宇宙の間の」を意味する。タイヒミューラーは人名なのでほっとこう。ほっとくんかい!

このブログの読者の99%は、
「数学と宇宙に何の関係があるんだ! 分からんことを言うんじゃない!」
と怒り出し、読むのをやめるかも知れないが、まあ、お聞きなさいな。

「宇宙際タイヒミューラー理論」の「宇宙」とは、誤解を恐れずに言うと、多元宇宙、並行宇宙の宇宙である。
「おおお、マルチバース、パラレルワールド、ビッグバン。ぐふう」
と思うかも知れないが、ここで言う「宇宙」とは数学上の一種の仮想的な世界のことである。科学的に存在できる宇宙は我々の住む4次元時空のほか、1次元宇宙、2次元宇宙、8次元宇宙に限られると考えられている。なぜ、1、2、4、8次元なのかはいつか記事に書こうと思うが、まともな理屈が通じる宇宙の次元は数学的にこのように決まっている。まともな理屈とは「1次元宇宙は、東に300m進んだ後で西に100m進むと東に200m進んだことになるのでうまく行ってる」みたいなことである。

望月氏の言う「宇宙」とは「ある数学が成り立つ世界」のことであり、「別の宇宙」とは「別の数学が成り立つ世界」を意味する。だから、「宇宙際」とは「いろんな数学が成り立つたくさんの世界をつないでいるような」という意味である。だからこそ、上の本のタイトルは、
「宇宙と宇宙をつなぐ数学」
であり、NHKの番組のタイトルは、
「数学者は宇宙をつなげるか?」
なのである。こうして、番組を見る下地は出来た。そう信じたい。




さて、望月氏は「abc予想」という難問を証明するにあたって、
「我々が住む宇宙 (世界) の数学ではabc予想は解けない」
という結論に至った。普通の数学者はここで諦める。しかし、望月氏は違った。プロジェクトXのテーマ曲が流れる。ででんででんでんでん♪
「それならば、別の宇宙の数学を作ればよい。そして我々が知っている数学と新しい数学の関係を明らかにすれば、abc予想は証明できる」
望月氏はそう考えた。かっぜのーなっかーのすーばるー♪

もう少しだけ具体的に言おう。我々の数学では足し算と掛け算は深く結びついている。足し算を重ねて行けば掛け算になる。しかし、望月氏が考え出した新しい数学では、この足し算と掛け算の絡み合いがない。それがどういう数学なのかはさておき、そういった複数の数学 (多元宇宙) がどのような関係にあるかを示したのが「宇宙際タイヒミューラー理論」なのである。

さあ、これで上に書いた望月氏の説明が分かるようになる。その内容をはしょって書き直してみよう。


「宇宙際タイヒミューラー理論とは、絡まり合った足し算と掛け算の関係を引き離し、それまでの足し算と掛け算の関係を組み立て直す理論である」

ほうら、分かった。もちろん、どうやって足し算と掛け算の関係を引き離せばよいか分からないし、どうやってそれらを組み立て直せばよいかも分からない。しかし、詳細をさておけば、「宇宙際タイヒミューラー理論」は上記のように望月氏が言う通りである。理論の詳細を理解しているのは、今のところ、世界で数えるほどだと言う。だから、読者の皆さんは分からなくても安心してほしい。ワタクシも分からないが安心している。

読者の中には、
「並みいる数学者の多くは理解してるんじゃないの?」
と思う人がいるかも知れないが、望月氏の理論をフォローするには数年単位の時間がかかると言われている。だから、功成り名遂げた責任ある立場の数学者はそんな理論に構っていられないし、若い数学者はそんな理論に手を出すと人生が狂ってしまいかねない。このため、「宇宙際タイヒミューラー理論」の「熱」はあっという間に冷めたと言う。




上に紹介した本の著者である加藤文元氏は「宇宙際タイヒミューラー理論」を理解するには、長年にわたって理論の展開を研究会などで望月氏に少しずつ説明してもらうのが一番であると言っている。実際、加藤氏はそうやって理論を理解して来たのだろう。逆に、望月氏の理論は1週間やそこらの連続講義や数時間の学会発表で理解できる代物ではない。

望月氏はそういう理由で口頭発表をほとんどしないことにしている。だからと言って、氏が秘密主義者というわけではない。これまで、理論の一端でも理解している数学者とは数多く研究会を重ねている。理論をほとんど知らない人には短かい時間で何を話しても通じないという考えらしい。ある新聞記者が京大キャンパスで望月氏に突撃インタビューを試みたが、望月氏は、
「あ、いや、その」
と言って、急いで自転車を漕いで去って行ったと言う。そりゃそうだ。

望月氏には海外から数多くの招待講演の依頼があるが、すべて断っていると言う。英語が不得意というわけではない。望月氏は生まれこそ日本だが、5歳から23歳までアメリカで教育を受けている。だから当たり前に英語ができる。ちなみに氏は、16歳でプリンストン大学進学、23歳で博士号取得と同時に京大助手就任、27歳で助教授、32歳で教授昇進という天才である。

望月氏が海外に対してかくも「心を閉ざしている」理由は氏の ブログ記事 を読めば想像がつく。上に書いたように、話の通じない人に説明するのは非効率であるというだけではない。声高には言いたくないが、欧米人からかなり手厳しい人種差別を受けたようである。このことは内緒にしてほしい。




この記事では「abc予想」について具体的に何も書かなかった。きっとその方が読者およびワタクシの身のためだろう。ただ、「abc予想」が「宇宙際タイヒミューラー理論」を使って証明できるということに言及した。だから、読者の皆さんには「abc予想」より「宇宙際タイヒミューラー理論」が重要であることを理解して頂けるかと思う。実際、この理論は1995年に証明された「フェルマーの最終定理 (フェルマー予想)」を自然に導くと言う。

さあ、そんな「abc予想」を知りたい方はあと1時間後に放送される、

「NHKスペシャル 数学者は宇宙をつなげるか? abc予想証明をめぐる数奇な物語」
を見てみよう。番組の感想文は10行以内にまとめるようお願いしておく。