秋の収穫物を保存するのに忙しく、森に住む動物の越冬の準備のような時間が続いた。「スーパー天国」と笑うくらい、家のまわりには買い物ができる店はあるが、楽しみで野菜を作る友人たちの収穫物のお裾分けがあるし、ハイビスカスの一種であるローゼルと無農薬の生姜も沖縄から届いた。少し前に送られた市販のロ-ゼルは塩漬けにしたが、今回は友人の庭で育ったロ-ゼルだ。ジャムにしよう。

 

 加え夫の学生時代からの友人が、メンブリージョや季節のジャムなどを作ってくれた。フランスでメンブリージョといわれるものは、ヨーロッパ各地で名前こそ違うが同じものがあり、イギリスではクインスジャム、イタリアではコトニャータと呼ばれている。マルメロの実に砂糖を加え煮詰めたものだ。

 

 

 

左端のオレンジ色がメンブリージョ

 

 

 

 

 ツールーズからピレーネ山脈を越えスペインに至る巡礼の道を辿る旅の途次、宿泊する各ホテルの朝食で必ず若いチーズに添えられていたこのほの甘い羊羹状のものが気に入り、綴りを記憶しておいたら、偶然帰国前日にビルバオのスーパーで、それを見つけた。

 我が家とジャム作りの名手の友人の分を購入し帰国後に送ったところ、彼も興味津々で長い電話を交わしたのを覚えている。

 

 マルメロを身近で入手するのは厄介だから、近縁のカリンで作ってみようということになった。煮詰めた液がプツプツと飛んで腕にやけどをしながら私も頑張ったが、やはりジャム作りで鍛えた感で彼の方が、断然にビルバオから持ち帰ったメンブリージョに近いものを仕上げた。3年したらもうメンブリージョは、彼から送られてくるのを堪能するだけだ。

 同級生といっても夫とはまったく関心事が違い、彼は洋菓子協会の業界紙の編集に関わり、40歳で農業に従事、今は息子が住職を務める寺の寺男をやっている。若い頃から夢は寺男といっていたらしいから、念願が果たせたわけだ。

 

 寺の庭仕事の合間にフランス語のレシピを手繰っては様々なものを作り、私にまで届けてくれる。夫がまだICUにいたとき、遠路駆けつけ会ってくれた。何を思ったのか、以来ひと月ごと位に手作りの甘い物を荷にしてくれている。

 

 何年か前に寺の境内にカリンの木を植え、その木の実を使うまでメンブリージョ作りに傾倒したものだから、最近はヨーロッパで見るメンブリージョと遜色ない美味しいものを作る。

 

 

 

 沖縄からひと段ボールきた生姜は、泥を落とし皮ごとすりおろし小瓶に詰め、1年分の発酵生姜にする。ビニール袋いっぱいの削りカスはブレンダーで微塵切りにし薄くのばし凍らせてから、チョコレートの様な小片に切り分け、小袋に入れ冷凍保存する。これは煮魚のにおい消しや炒め物のときにわざわざ刻む必要がないから、年中重宝する。

 

 冷蔵庫でひと月寝かせた発酵生姜は乳酸菌の働きで味が和らいでいるから、そのまま味噌汁や野菜料理に添えたりする。長く手足の冷えに悩まされていたが、この発酵生姜を摂るようなってから痛いほどの冷えからは解放された。

 

 ミキやこの発酵生姜をもう少し早くに知っていたら、夫もああした病に罹らなかったのではないか、と台所に立っていて胸がチクりとしたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霜が降りる前の畑から掘られた大根や人参の葉は緑色にピンピンしていて、どうにも食がそそられてしまう。

 作り手にしてみればたいした量ではないのだろうが、大根5本に人参20本もが玄関先に届くと、バケツに水を張り一緒にきた青菜とともに手当するが、結構な時間で固まった腰をのばすのに、思わず「よいしょ」と声を出す自分に苦笑いだ。

 

 ザクロの選定をしていた植木屋さんが、しなびかけたアケビの実を見つけてくれた。10日ほど前に伸びた蔓を切ったときは、すっかり実のことを失念していた。もう少し早くに収穫していたらきれいな果肉だっただろうにと、ブツブツいいながらきれいな部分だけをもろみ味噌と生姜で油炒めにした。

 

 

 

 

 

 

 

 独り暮らしも3年めになると、野菜たちをダメにしてしまわない知恵も少しはついて、大根菜は湯がいたり炒め、使い切れる量ごとに小袋にまとめて冷凍すると、早春の端境期の野菜の高騰も気にならない。

 ひと箱届いたネギの青み部分は、炒めたり少しの調味料で煮てから冷凍する。ほうれん草や小松菜も刻んで生のまま冷凍。先日は湯がいた人参の葉を刻み、天日で生乾きしたものをオーブンですっかり乾かし、干して砕いた八方出汁の出汁殻、干しエビ、ゴマ、モリンガ茶、塩とを混ぜふりかけにした。

 それを叩いた山芋と合わせかき揚げのようにして、例のおひとり様食堂のときに供したら、美味しい、美味しいと残った数個も友人が紙に包み持ち帰っていった。

 

  雨や雪の天候のなか無理して買い物にも出かけず、針を持つのを最優先に暮らし、友人たちを食事に招いたりできるのも、こうした保存品が大切な役を担っているからだ。

 

 

 

 ベルギーレース時代から仲良くさせてもらっている友人と、昨日は横浜市博物館に『追憶のサムライ』という企画を見に行った。40年以上の付き合いの知り合いが、30年かけ製作した大鎧が、展示されている。

 今春には持っていた会社を売り払い、すっかり甲胄師身分だけとなった制作者本人が、会場入り口ですでに私たちのチケットを手に待っていてくれた。

 分業であった武具作りのパーツのすべてを彼はひとりで製作し、組んでいる。正面入り口に飾られたの紅裾濃威大鎧は、紅色の滝が流れ落ちるようで、圧巻の美しさを周囲に放っていた。

 夏仕様のままレースを習いに家を長期間空けたものだから、帰った翌日からしばらく家の片付けやストーヴの薪の準備の疲労で風邪をひいた。それが長引き躊躇していた大鎧見学だったが、やはり実物を目にしてよかった。

 

 

 

 

 博物館の後に訪れたカフェで、「先週は目一杯に働いたから、今日はご褒美!」とワイン1本を友人に付き合ってもらう。カフェは9月に藕糸布のジャケットを仕立ててもらった洋服屋の隣にあり、兄弟3人で店を切り盛りしている。家族で長く大切にしていた藕糸布を私が着て来たことを知り、服屋のご両親までがカフェに現われ会話が弾んだ。幾重にも重なる世代とのこうした会話は、心の糧になり喜びともなる、本当に得がたい体験だ。

 

                             

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはりベルギーレース時代の広島の友人が、プーリアから取り寄せたチーズを送った、と連絡をくれた。明日には届くようだから、と近所の仲良しと一緒に南イタリアのチーズを堪能する日を約束する。

 

 焼きたてのパンに焼いたチーズを添える。イタリア滞在中冷蔵庫で保存していたジャガイモを千切りにしてあるから、ガレットができる。ボローニャから持ち帰ったケイパーもある。ギリシアヨーグルトに沖縄のローゼルで作ったジャムを合わせる。プンタレッレはないが、キャベツを千切りにしてパオラ先生直伝のアンチョビソースで和え、それをサラダにしよう。デザートはメンブリージョと一緒に荷にあったスフレグラッセだ。

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 一日中家に籠もって何をしているの?とたまに問われもする。

 まぁ、ちょっと台所に立つ間は人より長いかもしれず、擦り傷、切り傷の絶えない汚い手指だけれど、作ることが好きな友人たちのおかげで、ずいぶん満ち足りた日々がある。