間もなく生まれる子の離乳食作りに重宝するだろうと、家庭用フードプロセッサーを持ったことでスープ作りに目覚めた。手始めは、人参とタマネギに冷やご飯を加え煮込こみ、それをフ-ドプロセッサーで擦り混ぜ牛乳で割った人参ポタージュだった。喉ごしがよいのでこどもたちも朝からカップに入れたそれを、ごくごくと飲んでくれた。

     当時は毎月5kgくらいは人参を消費していた。  寒中に外流しで人参の泥落としをさせられたのが嫌だった、と今でもこどもたちから言い募られる。

 

 

 

 その人参を生産していた元農家、ご主人が亡くなってから20年は経つだろうか。奥さんの方はいまもお元気で、広い庭の片隅で作る野菜を抱え、独り暮らしを案じ頻繁に顔出しをしてくれる。

 

 冬は大根、人参、里芋、小松菜、ほうれん草。少し前はジャガイモにトマト。暑い盛りの今はインゲンにきうり。なぜか今年のナスは全滅だったらしい。

  遊びでちょこっとだけ作っているというが、元農家だから桁が違う。畑を10分一巡しただけ、といって昨日も葉陰に隠れ採り損ねたおばけきうりと、ツヤツヤしたインゲンを届けてくれた。  育ちすぎたきうりでも、炒めると美味しいよ、と何度いっても、こんなサイズを使えるのはこの家しかないよと笑う。

 

 

 

 きうりに豚肉、醤油に漬けた完熟梅で味つけ

 

 

 

 

 畑は根菜に合う土壌だから、人参や青首は甘く三浦は目を見張るくらい太い。手まめだと信じられていて、干せばいいよねと、一遍に5,6本もの三浦をいただいたりする。近所に分けたり干したりしてもまだ使いきれなかった大根を、いちょうに刻み冷凍庫に入れておいた。

 少し前までは味噌汁や具たくさんのお汁にして蕎麦やうどん、すいとんにも使い重宝したが、温かな汁をどんぶりですする季節は過ぎた。

 

 かさばる凍り大根に発酵タマネギとインゲンも少し加え、ポタージュにした。発酵タマネギとは、擦ったタマネギに塩と水を混ぜ、数日常温発酵させたもの。

 

 

 

 これでタマネギ3個分。ひと月は冷蔵庫で保つ

 

 

 タマネギまるまるひとつを使い切れないことの多い暮らしに、使いたいときに使いたい分だけと加減が出来る発酵タマネギは、熱心に炒める手間もいらず便利だ。このタマネギの水分と凍み大根の水分だけで水気は充分だったが、いつもは油なしのポタージュ作りに、今回は煮大根特有のあのにおいを和らげたく、バターを落とした。バターの黄金色の芳香に気分が和む。

 

 

 特効薬のない業病に世界が支配されるいま、免疫力向上になるからと、発酵が流行っている。私もその発酵流行りのおかげで、タマネギや生姜を発酵させる情報を得たが、前からモロッコの味噌といわれる塩レモンや塩柚子、酒粕などを暮らしの中に常備してきた。

 

 

 

 発酵生姜、擦りおろしただけの生姜より口当たりがやわらかい

 

 

 ほとんど毎日アルコールを切らさない食生活を揶揄されると、そう、私は発酵したものが好きなの、と笑い返しもするが、干したり漬けたりするのと同様、発酵の知恵も食品保存から生まれたことに、今更に思い至った。擦って発酵させた生姜は保存料なしで1年も保つというが、丸い味に魅せられ300gくらいをすぐに消費してしまい、次から次に作る始末。すでに擦ってあるので使い切りの量を億劫がらず使えて、生姜の出番が増えたのも確かだ。

 

 

 

  外出といえば夫の病院を行き来するだけの生活。朝に家を出て病室に半日留まり帰宅すると、緊張が一気に解けるのか、入浴すると腰がくだけ食事を用意する気力が立ち上がらない。

   担当医や看護師、リハビリ担当の人たちと会話するうちに、昼も逸してしまう。半日以上飲まず食わずでたどり帰ったからだに、野菜ポタージュは優しく沁みる。

 

 

 ほうれん草、ネギ、セダーノラーパ、人参、大根、きうり、間のあるときに作り貯めた野菜ポタージュがコレクションのように冷凍庫に並ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 大根ポタージュにニラと蒸し豆をトッピングしたのが昨夜のごちそうになった。身にも心にも無理なく馴染む優しさが、最近は一番のごちそうに感じられる。

 

 

 

 

 

『傷んだハートにはこんなスチューを』という本の題名はすぐに浮かぶのだけれど、こんなスチューはどんな味だったのだろう。それが思い出せない。そのときの読み手の心持ちで印象も変る。本当に彼の傷んだ心に、そのスープは効いたのだろうか。彼に訊いてみたいことが、今もまだときおり過ぎる。