明るい陽射しに庭のハクレンがほころびました。例年にない暖冬といわれますが、昨年も今あたりにはもうたくさんの花弁が白い雪洞のように、青空に映えていたはず。
昨日と今日、早起きして庭の草むしりをしました。庭木の剪定や草むしりを原稿書きの合間の、よい運動にしていた夫が不在になったいま、しばらくはひとりで庭の世話もしていかねばなりません。
わずか19mlの出血で無事手術を終えた夫の容態が急変したのは、術後2日目です。それからひと月経った今も夫は集中治療室の重篤度3番目のベットです。先週の金曜日、事の端緒が明らかになりました。医療過誤を病院が認めました。
コミニュケーション力もあり、いかにも働き盛りの執刀医はまちがいなく信頼できる見事な腕前の外科医です。その彼、もしくはチ-ム医師たちや看護する人たちの連携のほんのちいさな綻びの間に、夫はご丁寧にはまってしまったようです。
夫の恢復にも事の顛末を病院側と整理していくにも、多くの時間が必要なはずです。それはおそらく、南イタリアのブリンディシという町を歩くのを、相好崩すほどに楽しみにしていた今秋さえ越すほどの月日になるかもしれません。
ブリンディシは『アエネーイス』を著した古代ローマ時代の詩人ウェルギリウスが死去した港町。ブリンディシからバーリに向かい、そこで長男家族と落ち合い、フェデリーコ2世の足跡をめぐり、最後はボローニャでレース仲間に孫を紹介しようとまで旅程をたてていました。すべてが暗転しましたが、数日前からまた針を持ち、今の心とゆっくり向き合い始めています。
まずは未整理だった習作をひとつひとつ仕上げ、ファイルに納めましょう。なかなか小さなサイズがなく、大きな文具屋まで片道45分を往復歩いたのが、術前最後のふたりの散歩です。在った事の痕跡に触れると感情が揺れます。
おそらく今秋は、レースを習いにボロ-ニャへ行くことはできないでしょう。そうでなくても、例のウイルスで教室も一時中断しているようです。
あたりまえだった日常が、こうも非日常的となると、なんとも心疲れる毎日です。