太宰府天満宮 | 古の里 太宰府の四季と歴史

太宰府天満宮

仏教、キリスト教とはと問われると釈迦、キリストの教えを体系化したもので、お経は哲学的で新約聖書は道徳的なものに感じられます。しかしながら、神社とは問われと聖典もなく、教義もないようであるようで困ってしまいます。しかしながら、私はこの曖昧さこそが真の「宗教的」ではないかと思うときがあります。天満宮も曖昧さを充満させたその一つであると思います。天満宮は菅原道真が没した翌々年の905年に筑前安楽寺天満宮が創建されました。明治の神仏分離まで天台宗の寺院でもありました。天満宮は全国に14千あると言われています。「天満宮」=「菅原道真」です。「天満」の名は、道真が死後に送られた神号の「天満(そらみつ)大自在天神」に由来します。現在の本殿は、1591年に、当時の筑前国の領主であった小早川隆景が、5年をかけて造営、竣工したものです。菅原家は代々学問をもって宮中に仕え、菅原道真は宇多天皇に重用されて右大臣にまでなりました。そのため現在では学問の神様、受験の神様とされており、毎年正月を過ぎると受験生で賑わいます。太宰府天満宮と京都の北野天満宮が天満宮の2大拠点となっています。まさに受験も神頼みで曖昧さがここにあります。



道真の遺言に「私の亡骸は牛の車に乗せ、人に引かせずに、その牛の行くところに止めよ。」があり、遺言のとおり、牛が止まったところに道真を葬り、その上に社殿を建てたのが安楽寺の創草であるとされます。



                 本殿

   


  飛梅          


              楼門(国の重要分化財)