私自身は、単なる若造で相場をやろうとは考えていなかったのですが、興味はありました。

半年ほど経過したぐらいに、長男先生中心に出版社社長のサポートでファンドのようなことをすると言うことで、私も1口載るしかないような感じになっていました。

半年後に結局、100万近くなくなっていました。半分ぐらいなくなっている時に盛り返せないだろうなと思っていたので、諦めもあって、ショックは余りありませんでした。むしろ、全てを習得できてない実力よりも凄い大金を得ていた栄光の日々の感覚が忘れられない考えを引きずっている事が問題だなと思っていました。

だから、数百万ぐらい直ぐに取り返すと何回も言っていた事が、一旦、相場から足を洗ってマンションの管理人をやらなければならなかったんだと思いました。もちろん、マンションの管理人をばかにしているわけでないのは、言うまでもないですが、派手な世界でかなり散財していた人間が、地味な生活を望んでいたのではないのも言うまでもない事です。

長男先生が若い頃は、父である昭和の相場師が指示を出し、それに従ってチャートを作図して居ればほとんど問題なかったためだろうと直ぐに思いました。

その後、半年更にたったぐらいに今度は、1口1000万以上を5年万倍のカギ足で運用すると連絡がありましたが、そんな大金は、当時持っていないですし、持っていたとしても載れるわけないので、そう伝えたのですが、少額でも特別にかまわないと前回の件があるからと言うので、実績が出来上がってきたら、その時、検討すると返事しました。

しかし、その後、この件に触れなかったのでうまくいかなかったんだと思いました。

ところが、長男先生というより昭和の相場師の法則の凄さを垣間見る出来事が起こりました。

まだ、続きます。