昨日紹介したbone praing hands pendantに入ってる文字について何故HATEなのかという質問をいくつかもらったので簡単に書いておきます。
愛と憎悪は相反する位置でお互いに存在してると思っています。
愛がある故の憎悪や怒りは必ず存在します。
例えば最近の国外の話題ではガザで子供達を含む多くの犠牲者が出た問題。
アルジェリアの人質事件。
国内では除染が必要と国が認める汚染地域から子供達すらを一切避難させない問題。
事故が多いオスプレイを沖縄県や各市町村が反対したにも拘わらず配備させたこと。
私にはいろいろな問題に愛ある故の怒りを感じるのです。
怒りや憎悪は醜い。
でも愛に溢れたそれらも全く同じでしょうか。
いつか権力者や弱者に関係なく皆が皆に優しくなれる時代がくればいいと思います。
そうゆう願いを込めたHATEだと捉えてください。
私は自分の作ったもので人からお金を貰ってます。
故に表現者の端くれだと思っています。
いい加減なことは許されない。
責任のある表現者でいたいと思っています。
こんな私を受け入れてくださる皆さん、どうぞこれからもよろしくお願いします。