黒留袖の話 | 銀座きものギャラリー泰三

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一度は袖を通したい着物がここにあります。きもの創作工房 (株)染の聚楽

今回はキモノの中のミセスの第一礼装である黒留袖のことについて書いてみます。
留袖というのは詰袖とも言って、未婚の時には袖丈が長いのですが、結婚すると袖丈を
短くします。
黒留袖は一番格の高いきもので、五つ紋の裾模様です。
かつては生産の一番多い当社でも主力の商品でした。
それだけ需要があったのですがそれには大きな原因があります。
黒留袖は婚礼だけでなく祝い事全般にかつては着用されていて、建築の棟上げだとかの時にも黒留でした。
婚礼でもかつては仲人を立てるのが当たり前で、その夫人は黒留袖ですから、良く頼まれる人の奥様は、何枚も黒留を買われたものです。
また我々団塊の世代が婚礼を上げた昭和50年前後は、結婚式も披露宴もホテルでと言うのが定着していき、挙式数も多く、黒留はよく使われました。
最近は物知らずのとんでもない呉服屋のせいか、黒留袖は婚礼の時の母親が着るキモノという解釈をされている人が多いようです(ネットでそういうことを書いている呉服屋がいて呆れたものです)が、間違いです。
少なくとも親族は既婚なら黒留袖が基本なのです。
それがだんだん崩れてい行き、素人のような販売員のせいで業界自らが着用機会を狭めているというのが現実です。
私の若い頃は兄弟姉妹の多い家も多く、嫁いでもすぐに親族の婚礼があるので、嫁入りの時には黒留袖を必ず持たせたものですから、需要もとても多かったということです。
戦後高級な黒留袖を作り始めたのは私の父であったことは紛れもない事実で、縫箔の最高級の黒留袖が飛ぶように売れていました。
かつては一越縮緬という生地が主流だったのですが、この生地は伸び縮みの幅が大きいので、豪華な刺繍のものだと、長く刺繍台に張るうちにだんだん伸びてくるという弊害もあって、最近では変わり縮緬と称して、伸び縮みがあまりしないものを主力に使うようになっていますから、一越縮緬はかつて長浜、丹後では最も生産数が多かったものですが、今では最も少ないものとなってしまいました。
礼装の知識は服飾文化には最も大切なものですが、販売数、生産数の激減で、最も知らなければならないことをまったく知らない販売員が平気で店頭に立っています。
特に高級なものは呉服屋でも置いていないところが多く、取り寄せますなどと言われます。しかし問屋でももうあまり置いていませんから、良い物にお目に掛かる機会はほとんど無いに等しいと思います。
今のうちに良い物を買っておこうと思われる方は是非泰三のものも1度ご覧いただければと思います。
黒留袖は比翼と言って、長襦袢と表地の間にもう一枚白生地を重ねます。
かつては襦袢と同じような生地で単独に仕立てたのですが、やはり重くなるので最近は比翼仕立てと言って、表地に付けています。生地も出来るだけ軽い方が良いので、羽二重を付けるところもあるようですが、私どもでは重めの胴裏を使用しています。
小物は基本は全て白、あるいは白金です。袋帯に白金の帯締め、白の帯揚げ、白か白金の草履と言うことです。礼装用の扇子を手に持たないときは左側に要の方を下にして挿してください。
元々女子の懐剣の代わりの意味があるので、左に挿すのが常識です。
また礼装で大事な知識に、紋章のことがあります。
このことにつては過去にも何度も書いておりますが、日本伝統文化に一つとしても大切な事なので、次回に改めて書くことに致します。
嫁に持ってきたときの黒留袖が派手で着られないから、借りたと言う声も聞きますが、知恵を出せばリメークできる物も少なくありませんし、現にそういうお直しをかなりお引き受けいたしました。お迷いなら1度ご相談においでください。