ナオちゃんは私が言う前に、ノートを取り出して、前回、過去世を見てからわかったことを読み上げた。
───ママやパパが私にうるさく言う気持ちが、少しわかりました。心配なんです。私のことが。私を思う気持ちが色々干渉させてるんです。私も過去世では同じだった。でも、私はママとパパの言う通りには生きられない。私には私の人生があるから。
私が過去世で娘の結婚に反対しても、娘は家出して行ったように、私もパパとママの言うなりに生きるなんてできない。二人をわざわざ悲しませる必要はないけど、私も二人の犠牲になる必要はない。私も幸せで、パパとママも幸せな道がきっとあると思う──。
「先生、私きっとそういう道をみつけます。」
しっかりとした口調で宣言した。
私がなにも言わなくても、ナオちゃんは過去世をみることで、たくさんのことを学んだようだ。やはり、ナオちゃんは助け人。その人生を選んで生まれてきた魂。だとしたら、次の段階は、悪魔との戦い…。
「先生、次の宿題は?また、過去世を見るの?私、何回ぐらい生まれ変わってるんだろ?」
「そうね、人は何百回も生まれ変わってるって聞いたことがあるわ。ただ、それに囚われてしまってはだめ。今生きていることを大事にしないと。よりよく生きるために、必要な場合だけ過去世をみるの。」
「そっか。そうですよね。」
「ナオちゃん、あなたに覚悟があれば、特別プログラムをやってみる?」
「特別プログラムですか?」
「そう。これは通常はやる必要はないものよ。もし、やるなら、強い意志が必要なの。」
「へえ、それって自分への挑戦ですね。面白そう。私やります。」
「まって、結論を出すにはまだ早いわ。もう少し説明させて。」
どこから話そうか、私は迷った。いきなり悪魔と戦うと言ったら怖がらせてしまうかも知れない。
「ナオちゃんこの前、しっぽの色を天使と悪魔だって言ったでしょ。覚えてる?」
「覚えてます。」
「人間もね、しっぽと同じなの。天使と悪魔がいる。普通、悪魔の部分が大きくて、気付かないうちに悪魔にコントロールされた人生を歩いてるの。この大きくなった悪魔を小さくして、初めて自分の本当の人生を歩くことができるようになる。」
ナオちゃんは目を見開いて聴いている。息をするのさえ忘れているようだ。
「悪魔を小さくするには、悪魔と戦って勝たなければならないの。」
「それが、特別プログラムですか?」
「そう。」
「やる必要がないって言ってましたよね?でも、やらなかったら悪魔にコントロールされた人生で終わってしまいますよね?」
「そうね。」
「なら、やります。私、自分の人生を生きるって決めたんです。自分の人生を生きて、幸せになります。」
ナオちゃんのオーラが大きくなった。魂が反応している。私も覚悟を決めた。
「わかった。やりましょう。その前に、準備が必要なの。一週間お菓子抜きよ。」
「またそれですか~。この間、解禁になったばかりなのに。はぁ~、でもやります。一週間ならこの前より簡単です。」
ナオちゃんはVサインを出して、意気揚々と帰って行った。
私はその背中にむかって、悪魔の誘惑に気を付けて、と声を掛けた。
三日後。ナオちゃんからSOSの電話が入った。
『先生、助けて!一週間なんて無理みたい。ママが、毎日福朗カフェのケーキを買ってくるんです。今夜はパパまで出張のお土産って、バームクーヘンですよ。ケンカしないで断るの大変なんです。』
悪魔っていっても、出来る抵抗はその程度なのだ。エアコンを止めたり、可愛いものだ。
「わかったわ。明日、学校が終わったらいらっしゃい。カウンセリングを受けるってきちんとご両親には言ってね。」
『ありがとうございます。明日行きます。』
明日は貴重な休診日。ナオちゃんが来るのは夕方。それまで、久しぶりにハーブ園に行ってエネルギーチャージをしてこよう。
私は受話器を置くと、好ちゃん特製タンドリーチキンの夕食にもどった。
エキナセア、レモンバーム、ブルーリーフルー。手入れの行き届いたハーブ達が出迎えてくれる、大地のハーブ園はいつ来ても素敵だ。
私はいつものように園を一周して、たっぷりハーブ達とお話をした。歩いた後は、ラウンジでハーブティーをいただく。今日も元気な茉莉香さんが、特別ティーを淹れてくれている。
私はお気に入りのテーブルに陣取って、自分の心をみつめた。いつも、どこでも中庸、中庸。これを唱えるのが癖になっている。
「お待たせしました~。」
って、大地じゃない。
「久しぶり~。蛍祭り以来だね。」
「ハーブティーに大地付き?あんまり有りがたくないんですけど。」
「いやいや、そう言わずに。忙しかった?」
「お蔭様で、商売繁盛してます。」
「それは、おめでとう。家も見ての通り、大盛況。」
大地がもってきてくれたハーブティーをゆっくりと飲む。美味しい。茉莉香さんはお料理も上手だけれど、お茶を淹れるのもとっても上手い。
大地はありきたりの挨拶をしただけで、黙って隣に座っている。なにか話があるのかもしれない。
ハーブティーを飲み終わる頃には、お客さんが減ってきた。
外のラウンジで食事をしていた人がすべていなくなると、大地が声をひそめて話しかけてきた。
「好ちゃんから聞いた。悪魔と戦ったんだって。今度、おれにも戦わせてくれよ。」
「一週間お菓子抜きよ。出来る?」
「ああ、あっそ、じゃやめとく。」
大地の肩を拳で叩く。
「今日、なにかあるのか?さっきから顔がマジだよ。」
「そう?」
しらん顔をしてみた。
「話せよ、俺にも関係あるだろ?」
大地は時々驚くほどカンがいい。
ナオちゃんが悪魔と戦う話は、守秘義務のうちには入らないだろう。特別プログラムはカウンセリングの仕事外だからだ。お金もとらないし、私との信頼関係をむすべる人にしかやらないからだ。
「私みつけたの、二人目の助け人。今夜、助け人になるために悪魔と戦う。」
「ほんとか?誰?誰?」
「十七歳の女の子。まだ高校生。でもいずれ、助け人としての人生を選ぶことになる。今日、これから悪魔と戦って勝てれば、道は自ずと開くはず。」
「そうか。二人目が…。」