例えば私が、誰とお茶を飲もうと、SEXしようと、愛そうと、誰にもそれを非難される所以は無いと思う。

私が本当に愛している人にも、それを禁止してほしくは無い。


俺は浮気はしない、と宣言する男性も多いけど、私はそうゆう事を言う人自身を信用できない。

私を愛して、だから他の人を愛さないなんて、変な話だ。

SEXはしない、と言うなら、それは勝手だけど、別にしたければして結構です。

私だって、したければするかもしれないし。

そんなことは別に、それぞれの勝手な話で、私達が愛し合うことにおいては何の関係も無い話。

SEXごときで気が狂っちゃうような人とは、たぶん最初から愛しあえません。


そんな事を言うと、私が随分ドライに男遊びをするように受け取られかねないけど、そんなことは決して無い。

浮気相手にも人格があるのですから、そんなに簡単に浮気など出来ませんし、する必要も無い。

ただ、目の前に愛すべき人がいれば、愛すると思う。

なんなら、三人で愛し合えればもっといいと思うくらいです。


私は好きな人には傍に居てほしくて、出来れば私のことも愛してほしくて、それが出来ていれば、後は彼が何人愛そうが私には関係ない。

ただ、私のことを愛してくれていればそれで良いんです。


結婚は、生活なので、二人の身の回りのこと、共生する為に譲らなければいけないこと、大変な事も沢山あるでしょう。

そうゆう大変なことからの逃避の為の浮気なら、あなた一人だけ逃避するなんて許さない…浮気を許せない心境というのは、こうゆうような事でしょうか?


そうゆう逃避の為の道具として浮気相手にされる側の人格は、どう扱いましょうか。