昨日お客様を交えた3人で、どうゆう人が恋人として理想かという話になりました。
そこで出た理想が4つあって、
一つは、博識で、知識や教養を実践に変えられる智慧のある人。
一つは、不自由しないだけのお金のある人。
一つはいろんな波を埋められるだけの才能のある人。
もう一つは、何だっけな?SEXだったかな?
忘れました。
私はAを愛するけどBも愛することは可能だし、Bを愛したからと言って、Aを愛さなくなることはないと思っていて、Aを愛さなくなるのは、私とAとの問題であって、Bは何の関係も無いと思う。
こんな風に考えるのは、私がこれまで不倫ばかりしてきたせいかな?と思っていましたが、それ以前に、思春期に一番最初にお付き合いした男性と、その次にお付き合いした男性が、かなりプレイボーイだったことがあり、少女の私は自分を納得させる為に、そうゆう風な思考回路の基礎を作りだしてしまったんだと思います。
こうゆう事を知り合った男性などに言うと、大概は理解され無くて、というか大体引かれて、「君は愛人なら良いけど、妻だと嫌だなぁ。」と、よく言われますが、そうゆう事を言う人の愛人にはなれません。
もし私が誰かの愛人になるなら、本当に奥さんを愛していて、奥さんと愛し合えていることを自分で理解していて、更に、私のことも奥さんと同じ位愛してくれる人が良い。
そんなことって、有り得ないのでしょうか?
愛は一つのもので、もう一人愛する為には二つ要る、というような考え方の方が普通でしょうか。
そうだとすると、二つ愛するには、何もかも倍必要になるから、余裕のある人じゃないと、一人で手いっぱいになってしまいます。
愛というのがそうゆう種類のものだとすると、私なんかは、既に自分だけでも手いっぱいな位なので、とても何人もを愛せやしないのかもしれないな…と思う。
それだから皆、足りない部分を愛以外のもので埋めようとしたり、それも上手くいかなくて破綻してしまったりするのかな?
愛人を持つって、大変ですね~。。。