よろしく ダーリン。♥♥~
~Secret Romance in Palace~
あたたかく暖められたジェジュンの部屋。
ベッドサイドに置かれた加湿器は、MAXに設定され大量の蒸気を噴き出していた。
ジェジュンが眠るベッドの周りを医官や医女、艶景殿の女官が慌ただしく立ち動いている。
ユンホの主治医のシン医官が聴診器を外し、ベッドサイドから立ち上がった。
一歩下がった場所から心配そうに診察の様子をうかがっていたチョン女官が、意識のないジェジュンに代わってパジャマのボタンをとめて毛布をそっと胸にかけ直した。
そして、イ尚宮はジェジュンの額や首元にうっすらと滲んだ汗をぬぐい、キム女官は、ジェジュンの眠りを妨げないよう気にしながら布団の足元に置かれていた湯たんぽを新しく入れ替えたものへと交換した。
シン医官や女官の邪魔にならないよう少し離れた位置で様子を眺めていたユンホには、ジェジュンを起こさぬようにと気遣うキム女官の気遣いは全くの徒労に見えた。
雪の中から助け出されてからすでに1時間が過ぎようとしていたがジェジュンの瞳が開くことはなかったからだ。
確かに発見された時の蝋人形のような青白い顔色に比べれば、いくらかましにはなったが、それでもあのかわいらしいピンク色のソンピョンを思わせる艶やかな頬の色からは程遠いものだった。
早い呼吸を繰り返すジェジュンの顔を、食い入るように見つめていたその場にいた全員が、シン医官に視線を向ける。
「どうなのですか、ジェジュンは大丈夫なのですか、シン医官」
恵慶王妃がシン医官の診察が終わるのを待ちかねたようにして尋ねた。
王妃に問われたシン医官は慎重に言葉を選びながら、ジェジュンの状態を説明した。
「冷え込んだ屋外で長時間濡れた状態でいらしたために、低体温症になられています。」
「低体温症…? それは、体温が下がっただけということですか?」
王妃の疑問と同じことを皆考えたのだろう。答えを求めるように、一同がシン医官の顔を見つめた。
「いえ、体温が下がりすぎれば、意識が戻らず、心臓が止まる場合もございます」
王妃や女官が息を飲むのを見たシン医官が、急いで説明を続けた。
「ご安心ください。いや、ご安心を…と言うのはやはり今は早すぎるかもしれませんが、ジェジュン様は、そこまでの重症ではございません。このお部屋に運ばれてきた時には体温計で測れないほど体温が下がっておいででしたが、温水や電気毛布で身体を温め、体内からも温めた輸液(点滴)で水分とカロリーを補充しながら温めていきましたので、今は35度台まで回復されております。心音も脈拍も診させていただきましたが悪くはございません」
「では、もうしばらくすれば意識も戻るということですね」
「…そこは、はっきりとは申せませんが…」
「どういうことですか?」
「捜索班から聞いた話ですと、2時間以上も雪の中をさ迷い歩かれていたそうですね。
そうであれば非常に体力を消耗されていたはずです。そのことが、回復にどう影響するのか今は読めません。体温が戻られすんなりと回復されればよいのですが…」
シン医官の話を聞き、回復の兆しを喜んだのも束の間、一同は肩をおとした。
* * * * * * *
遅くなった夕食後、毎晩のルーチンワークであるインターネットでの情報収集をしていても集中できず、ユンホはジェジュンの部屋を訪れた。
ベッド横でジェジュンを看ていたチョン女官が立ち上がり、「何かあればお呼びください」と言い残して部屋を出ていった。
ジェジュンと2人だけになれるよう気を利かせたのだろう…。
加湿器があげるシューッという音だけが静かな室内に響く。
ユンホは、チョン女官が座っていた椅子に腰を下ろすと、ジェジュンの寝顔に目をやった。
ユンホは、眠り続けるジェジュンの寝顔を見つめていた。
さっき、ユンホのために柚子茶を運んできたイ尚宮から「明日はイギリスに発たれるのですから、早くお休みになるように」と告げられたが、あれからどのくらいの時間が過ぎたのか…。
壁の時計を見上げれば、あと少しで11時になろうとしていた。
もしかしたらユンホが見舞えばおとぎ話のようにジェジュンが目を覚ましたりしないかとバカなことを期待したのだが、石膏彫刻のように固く閉ざされたジェジュンの目蓋は、今夜はもう開くことはないようだ。
ユンホは椅子から立ち上がると、ベッドのかたわらにそっと腰をおろしてジェジュンを見下ろした。
いつもはピンク色でふっくらした唇が乾燥してカサカサになっている。
下唇には、噛みしめてできたのか…瘡蓋ができていた。
涙を溜め、必死に泣かないように我慢して唇に力を入れているジェジュンの顔が浮かんだ。
ジェジュン…。
今日、何度、お前は辛くて唇を噛んだ?
こんなに…血が出てしまうほどに強く…。
ユンホは、壊れ物に触れるようにジェジュンの唇にそっと指先で触れた。
薄く開いた唇は、思っていたより冷たくなくて、そのことにホッとする。
ゆっくりと指を動かし、ジェジュンのふっくらした唇の柔らかさと噛み痕の硬くなった感触をなぞった。
そして、昨夜は指先だけ触れたやわらかな頬に掌を近づけた。
「おやめください、ユンホ様」
ビクッと体が揺れてジェジュンの頬に触れようとしていた手が止まる。
だが、その凛とした男の声が、この部屋の中で聞こえているものではなく、
ユンホの頭の中にだけに響いた声だとすぐに理解した。
つづく